景色のコトダマ Vol.4 Love Letter
【すべてのルポは、ラブレター】
1980年代初頭を賑わせた事件に「三浦和義・ロス疑惑」がありました。保険金目当てに奥さんをロスアンゼルスで殺害した。今では何らニュース価値のない事件です。しかし当時は、海外での事件は珍しく、ロスアンゼルス、服飾の輸入販売業、持ち物がブランド品、女性遍歴多し!とワイドショーネタを次々を提供していきました。この事件をきっかけに、テレビは「海外ロケ」を頻繁に行うようになりました。ワイドショーが、社会的な話題を報道しはじめたのも、これがきっかけと言われています。
当時、どのマスコミも三浦和義を「悪者」と決めつけて報道するばかりでした。そんな中、ルポライターの沢木耕太郎は、善悪の前に「三浦和義とはどういう人間なのか」を解明するルポに挑みました。他に比べて、人間味を描いている部分も多くあります。中には「犯罪者を美化するのか」という意見もありました。これに答えて、沢木耕太郎は、
「すべてのルポタージョは、相手に対するラブレターである」
という言葉を言い放ったのです。
当時、新入社員だった私は、これに深く感銘しました。なぜ沢木耕太郎の書くものが好きなのか。それが「ラブレター」の一言で、肚に落ちました。この言葉を広げて、
「すべての文章は、ラブレターであるべきだ」
と勝手に解釈し、ものを書く指針にしたのです。
【本も企画書も日々の発信もラブレター】
その実践のひとつが、こどもたちへの直筆の手紙です。朝日小学生新聞に「大勢の中のあなたへ」というコラムを書くようになって5年。全国の小学生からたくさんの手紙をもらいます。
その一通一通に、必ず万年筆で原稿用紙一枚分のラブレターで応えていく。ラブレターと言っても愛を告白するものではありません。子どもたちの現状を認めて励ます。今の言葉で言えば「自己肯定感」を高めてもらう文章を書いていきます。時間が足りず、返事が遅くなることもあります。それでも書き続けていると、何人かの子どもとは文通がはじまります。女子はすごいです。手紙の一枚一枚で鶴を折って、並べてみないと読めないようにする。ジグゾーパズルに絵を描いて、メッセージを送ってくる。小説を描いてくる子、悩みを告白する子、時には「ひきたさんポスト」を学図書室に開設して、学校単位で送ってくれるケースもあります。子どもの悩みは、実に色々あります。それに答えていくことで、私はラブレター修行を続けています。手紙だけでなく、本の執筆も、大学の講義も、活動のほとんど「ラブレターを書く」行為と思っている。沢木耕太郎の一文を読んで以来、これが私のテーゼであり、哲学になっています。
【その言葉がラブレターになっているか】
今、世界では「コロナ・ウィルス」と戦う人々が声をあげています。イタリアの校長先生のメッセージにはじまり、アーティストも政治家も声をあげています。私がその言葉の品格をはかるモノサシにしているのが、「ラブレター」になっているか、否か。多くの子どもたちに手紙を書き、実際にスピーチライターとして働く私にとって、それが唯一の基準です。
ドイツのメルケル首相は、この危機に及んで「民主主義」にラブレターを送った。ニューヨーク・デブラシオ市長は、「ニューヨーク」という都市に対し尽きることのない愛を語りました。また、イギリス・ジョンソン首相は、退院直後に、医師と看護スタッフの名前を一人ずつあげながら、英国の医療体制、そこで働く人の献身に感謝を述べ、英国民に対し、「新型コロナに勝つ」と力強く語りかけました。そのすべての言葉には、対象があり、そこに向けての愛がある。けして、ただの報告に終わらず、保身や言い訳をにじませず、自らの精神と肉体で練り込んだ言葉で、渾身のラブレターを書いています。言葉に力があるのは当然です。
SNSには、洪水のように情報が流れています。清濁合わせ飲み、デマやヘイトやポジショントーク、インチキスピリチュアルに偽善、悪だくみ、これを機会の金もうけ等々が猛スピードで流れています。それを判断するモノサシとして、
「その言葉が、ラブレターになっているか」
を使ってみてください。あっという間に色あせる言葉があります。鼻白む情報があります。それらに振り回されずに生きていく。これが1980年代後半に、私が沢木耕太郎から学んだことです。