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【ライトノベル #14】目で挨拶をするルールの世界
ジャックは鏡に映った自分の顔をじっと見つめる。
右目と左目をパチパチさせて、顔を振ってみて鏡に映る顔を見つめる。
「うーん、まったくわからないなあ」
「ガン!」
トイレの入口のドアが勢いよく開き、金髪の少年が入ってきた。
少年は鏡を使いたそうな顔でこっちを見ている。
トイレではなく、鏡を見るために入って来たのだろう。
ジャックは別に用をたす必要もないのに5つ並んだ1番端の便器で、出るはずもないものを出す振りをした。
金髪の少年は髪型がよほど気になったのか、水道水を出して手をバシャバシャと濡らすと両手でボリュームのある前髪を後ろへとかした。
右目と左目をパチパチさせると、右目をパチパチした状態で静止した。
ニヤッと笑うと再び髪をセットして出て行ってしまった。
「さっきの少年は右なのかあ…」
ジャックは誰もいなくなったトイレで再び鏡を覗き込む。
右目と左目をパチパチさせて、顔を振ってみるが、やはり分からない。
不思議なことが起きたのはちょうど1か月前だ。
ジャックは学校の帰り道で不思議な老人に出会った。
老人はジャックを見ると「君に伝えたいことがある」と言い、1つのドリンクをくれた。
見ず知らずの老人からドリンクをもらっても、中身が危険すぎて普通は飲まない
ジャックもその老人からのドリンクを飲むつもりはなかった。
その場で捨てることも出来ず、とりあえずはバッグの中にしまいこんだ。
時計を見ると7時30分。
「やっべえ、このままだと遅刻してしまうな」
ジャックは駆け足で学校へ向かった。
風景が流れるように見えていき、途中で息がぜえぜえとなってきたが、走ることをやめなかった。
無事に学校へ到着すると、先ほどのドリンクをゴミ箱へ捨てようとした。
バッグの中へ手を入れると底の方に沈んでいるドリンクを見つけた。
ドリンクのラベルにこう書いてある。
(どこでもドアを体験するならこれを飲むと良い)
「なに、なに、こんなSFっぽい話ってあるんだな」
好奇心旺盛なジャックはプルタブを右手の人差し指で軽くあけ、爆発でもしないかヒヤヒヤしながら最後まで開け切った。
香りはイチゴのようだ。
炭酸でもないようだ。
おそるおそる口に近づけて1口飲んでみる。
舌にしびれがくるのが分かる。
「もしかして、これは毒?」
ジャックの中で不安と恐怖が込み上げてくる。
ドリンクを片手にジャックはそのまま気を失ってしまった。
ジャックは神社にいるようだ。
大きくて樹齢の長い大木でぎっしりと囲まれた神社だ。
苔の生えた階段を滑らないように降りていくと、大きく穴の開いた大木が1つある。
ちょうど人がしゃがみこむと入れるくらいの大きさかもしれない。
外からみるとまるでブラックホールのようにも見える。
ジャックは穴へ近づいてみる。
ヒュー~~~と静かな音が聞こえてくる。
音の正体を確かめようとさらに一歩踏み出した瞬間だった。
「うわあ~」
ジャックは大きな力で穴の中へ引き込まれてしまった。
真っ暗闇の中に無数に輝く星らしきものが見えるが、あまりの速さで言葉も発せないでいる。
速度が緩かになり、眩しいほどの明るさがジャックを待っていた。
そこにはあの老人が立っている。
「ドリンクを飲んだのだな」
「はい。舌がビリビリしたのですがあれは毒ですか?僕は死んだのですか?」
「死んだ?心配ない。生きているぞ。ただし、新しい世界に来ている」
「新しい世界?どういうことですか??」
「そう複雑な世界ではないから安心したまえ。
この世界で違うものといえば”言葉を発して挨拶をしない、いやしてはいけない”ということだよ。
それ以外は全く何も変わらない世界だよ」
「おはようやこんにちはを言葉で発しない世界ということですか?」
「理解が早いな。それでも挨拶が大事なことは変わらない。
この世界ではみな目で挨拶をしている。
右目でウィンクするも左目でウィンクするもどちらでもいい」
「この新しい世界から帰りたくなったときはいつでも帰れる。
その方法はシンプルで“元の世界に帰りたい”と強く念じるだけで帰れる」
老人はそう言い残すと目で“さよなら”の挨拶をして、背中を向けて消えていった。
「新しい住人のジャックくんですか?」
ジャックと同じ年だと思われる可愛らしい色白の女性が立っていた。
「あ、きっとボクです」
思わず「はじめまして」と言いかけそうになったが、ジャックは右目をウィンクをする素振りで目をパチパチさせた。
女性は何も発せずにジャックの前にくると柔らかい、しっとりとした唇をジャックのそれに重ねた。
レモンの香りがほのかに香る。
初対面でいきなり唇を重ねるなんてどういうつもりだろう…。
「ジャックくん、勘違いしないでね。これは私のオリジナルだから」
「勘違い?しないよ。何も知らない同士だから、わかってるよ」
ジャックは内心では言葉どおりには思っていなかった。
それがバレないようにいつも以上に口数が多いことに気づいていた。
「これからよろしくね。私の特技は…相手の心を見抜いちゃうことなの」
そういうと先ほどの女性は名前も告げずに去って行った。
ジャックは「この世界では”目”で挨拶する」という老人の言葉を思い出す。
「えっ」
ジャックの心はバレバレだったのだ。
「ジャックくんでいいのかな?後ろから声がする」
今度はジャックよりも10歳くらい上だろうか、綺麗なお姉さんが立っている。
「あ、はい。ジャックです」
そういうとジャックは左目でウィンクをするようにパチパチさせた。
女性は一瞬だけ不機嫌そうな様子を見せたが、目がニコっと笑っている。
「よろしくね」と言うと去って行った。
ジャックの頭の中は「どういうこと?」と?が幾つも浮かんでいる。
もしこれが男性だったら、男性同士でウィンクするのかな。
(ちょっと気持ち悪いな)
幸いにも次に声をかけてくれたのは女性だった。
「ジャックくん、新しい世界へいらっしゃい」
そう言うと目で挨拶してくれた。
「ジャックです。こちらこそよろしくお願いします」
そう言って右目をパチパチさせた。
女性は少し照れくさそうにジャックに近寄ると目を閉じてアレを欲しがっている。
ジャックは触れるか触れないかの微妙な距離感でそっと唇を重ねる。
ハッと我に返り、「新しい世界のことが不思議すぎて…何だかすみません」とジャックは申し訳ない顔をした。
女性は全然気にする様子もなく、「嬉しいです」と言うと去って行った。
ジャックはこの新しい世界のルールを理解したものの、何が起きるのか、なぜそういうことになるのかについて、さっぱり分からなくなっていた。
ただ一つだけ分かったのは、右目でパチパチと挨拶すると女性とキスができ、左目でパチパチすると何も起こらないということだ。
ジャックは自分では見ることの出来ない右目と左目のパチパチを鏡で確かめるため、近くのトイレに入った。
けれども鏡は何も教えてくれなかった。
どうやらジャックが右目と左目で表現していることは、ジャック以外の人には違っているようだ。
鏡で見ても本人にはわからない。
ジャック本人の脳内でどういう風に処理されているのか、興味が絶えない
表現とは難しい。
発信する側と受信する側で異なることはありがちで、その溝を100%埋めることは出来ないのかもしれない。
ジャックは心の底から“帰りたい”と思った。
【終わり】
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