ワールドカップは総力戦だ
ワールドカップに臨むメンバーが発表された5月31日に、「1勝すらあげられないことも予想されている日本にとって、ロシアでのW杯はとても、とても厳しい戦いになる」とnoteに書いた。
同時に、西野監督だからこそ感じた可能性も書いた。結果として、「とても、とても厳しい戦い」ではあったけど、予想を覆してのグループステージ突破、史上初のベスト8に王手をかけている。
応援されるはずの多くの日本人からは、グループリーグ敗退は必至と勝手に決めつけていた。その世論をひっくり返した。そして、新たな歴史をつくろうとしている。
賛否を呼んでいる第3戦のポーランド戦の終盤のボール回しという時間稼ぎ行為は、たとえ他力本願であったとしても、目標だったグループステージ突破のためには賢明な選択だったと思う。
それが賢明ではあっても決して本意ではなかったことは、西野監督自身が最も感じている。試合後の西野監督の会見をフル視聴すれば、「判断を下す当事者」としての葛藤がよくわかる。
西野監督や選手の発言がメディアで伝えられるとき、必ず「編集」が入る。記事であってもテレビであっても、ほとんどが編集された情報の断片を見ているのであって、語れたことのすべては伝えられない。
今回のワールドカップ全体にしても同じことが言える。自分たちがメディアを通じて受け取っている情報は、常にメディアが切り取ったワールドカップだ。
たとえば、今回の日本代表には選出された選手23人の他に、7人のコーチ陣と、公表されていない「スタッフ」という言葉でまとめられる人たちが数十人帯同している。
あえてサッカーを「仕事」として捉えれば、表舞台に立つ選手はピッチ上で最高のパフォーマンスを発揮することが仕事だと言える。
選手にピッチ上で最高のパフォーマンスを発揮「させる」のが、監督をはじめとするコーチ陣の仕事。
そして選手がピッチ上で最高のパフォーマンスを発揮「できるようにする」のが、スタッフという人たちの仕事だ。
メディアのスポットライトがあたるのは常に選手や監督だけど、裏方であるスタッフと呼ばれる人たちも同じように戦っている。それもワールドカップの一つの側面だ。
それに改めて気づいたのは、『6月の軌跡―’98フランスW杯日本代表39人全証言』を読んだからでもある。
この本は、1998年ワールドカップが閉幕して5カ月後に刊行された。そして20年の時を経て、その続編とも言えるものが今回のワールドカップに合わせて刊行されている。
『日本代表を、生きる。「6月の軌跡」の20年後を追って』という、20年の時を経たインタビュー集なんて、企画だけでも相当にしびれる。発売日に書店で買って一気に読み干した。
選手全員にインタビューしているのですらすごいのに、ワールドカップをともに戦ったコーチ陣やスタッフへのインタビューも収録されている。『日本代表を、生きる。』でも変わらず、それぞれの20年後も描かれている。
あらゆる物事に表があれば裏があるように、表舞台に立つ人たちの影には、裏方と言われる人たちがいるということに、気付かさせてくれる本でもあった。
そして裏方の人たちの存在の大きさこそが、チームがチームとして機能する原動力になることも。
スタッフのなかには、1998年のフランスワールドカップから20年間、6大会連続6回目のワールドカップ出場を果たす、ただ一人の日本人・麻生英雄さんという人がいて、今回はキットマネージャーとして帯同している。
麻生さんは、『日本代表を、生きる。』で、1998年初めて臨んだワールドカップでのことをこう話している。
スタッフはみな同じだと思いますが、3試合を見ていないでしょう。とにかくやるべき仕事が山積みで、自分も試合前の準備が終わればハーフタイム、ハーフタイムが終われば今度は帰りの支度と、常に先回りして仕事を黙々とこなしたからだと思います。
目の前で行われている試合を観れないというのは、自分のようなサッカーファンでなくとも、たまったもんじゃない。でもスタッフと言われる人たちの仕事はそういうものなのかと改めて敬意を覚える。というかプロフェッショナルだ。
ちなみに、自分が最も好きだったエピソードは、GKコーチだったブラジル人のジョゼ・マリオの談。マリオは1995年のアトランタオリンピックで西野監督とも共闘している。当時からとても好きなコーチだった。
アルゼンチン戦では……ちょっと恥ずかしいことに、自分が随分と緊張していました。それで試合前、ヨシカツ(川口)に「落ち着いてやれば大丈夫だから」と声をかけたにもかかわらず、自分の方が上がってしまって。ピッチに出てから練習のためボールを蹴ったんですが、全然ゴールに行かないんですよ。ヨシカツは笑ってたなあ、「マリオ、落ち着いて」とか言ってね。彼はまったく緊張していなかった。彼は、私よりも体は小さいけれど、実際には私よりもはるかに大きな人間であり、選手であると、あの時そう思ったんです。
日本を代表しているのは選手たちだけじゃないし、W杯を夢だと思って奮闘してきたのも選手やコーチ陣だけじゃない。それがよくわかる本でもある。
当時のワールドカップメンバーの22人のうち、川口能活、楢崎正剛、小野伸二、中山雅史、伊東輝悦はいまも現役。その他もメンバーも監督や解説者、クラブスタッフなどとして、だれ一人としてサッカーを離れていないらしい。もちろん、当時22人のメンバーに入らなかったカズも北澤豪も市川大祐も。
そして、彼らはいまコメンテーターとして、解説者として、選手の相談役として、あるいは一ファンとして日本代表を支える立場になっている。そうした集積、その集積の厚みを増していくことがサッカー強豪国への道でもある。
1998年のフランスワールドカップからの20年後の2018年、ワールドカップ出場はもはや当たり前になり、問われるのは大会における結果になった。
そして今大会、日本代表は信じられないほどの逆境をはね返し、ひとまず結果を出した。ここから先はもう、冒険だ。
正直なところ、ベルギーに勝つのは難しいと思う。難しいからこそ勝ってしまうのならば、スポットライトを浴びる監督や選手だけでなく、スタッフの声も交えた『6月の軌跡』の2018年ワールドカップ版がいつか刊行されてほしい。
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