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パレスチナ旅行記 #1 「We are good people, but life is not easy.」(全6回)
こんにちは。ただいまスウェーデンの大学に留学中の大学3年生です。記事を開いていただきありがとうございます。
先日、冬休みを利用してイスラエルとパレスチナに旅行に行きました。旅行としても楽しむことができた一方、特にパレスチナでは平和な先進国でのんびり過ごしていては決して出会えないような異なる現実を目にすることにもなりました。
一方で、そういった現地のありのままの様子について日本語で得られる情報は多くないように思われます。そのため、自分の体験を旅行記という形で公開することにしました。この記事を読んで、少しでも多くの方が、自分たちと異なる、でもつながっている世界の現状について少しでも思いを馳せてくれたら嬉しいです。
We are good people, but life is not easy.
イスラエルからバスに乗ってパレスチナに向かう。バスの中はアラブ系の人々でひしめき合っている。座っている自分の膝に小さな女の子の肩が触れる。そこに温もりを感じる。
バスはいつの間にかイスラエルとパレスチナの境界を超えたらしい。あとで聞いた話だが、検問を通過する必要があるのはパレスチナからイスラエルに向かうときだけのようだ。
風景は次第にさびれていく。壁の落書き、散らかるゴミ、舗装がはだけた道から立ち昇る砂埃。カオス。想像はしていたので特段驚きはしなかったが、それでもイスラエル側との格差をまざまざと見せつけられる。バスで1時間走るだけで、異なる現実に自分は身を置いている。
バスがパレスチナの都市ベツレヘムにある目的の駅に到着する。バスから降り、パレスチナの地へ一歩目を踏み出す。確かにさびれてはいるが、ニュースで見るような銃声はどこにも聞こえない。当たり前といえば当たり前である。そこはパレスチナの日常の風景。豊かでなくても、苦しくても、人々はそこで生きている。ときには笑い合う。私たちと同じように。
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ホステルへ向かい出してまもなく、一人の男が話しかけてくる。Are you Japanese? イスラエル側ではほぼ中国人か韓国人だと判断されていたので、日本人と見破られたことに少々驚き、また嬉しくも思って立ち止まる。「君にこのあたりを案内してあげるよ。」あ、金とるやつだなこれ、と思う。「ただではないんでしょう?」「君の好きなようにすればいい」「いくらがいいんですか?」…。多少のリスクを負っていることは認識しつつも、現地の人と話したかったので価格交渉の末に案内をお願いすることにする。
男は、もう一人の男と協力してタクシーの客引きをしていたのだった。一人が客引き係、もう一人が運転係。タクシーといっても、インフォーマルセクターである。どの会社にも属していない。タクシーは男の私物で、1日の終わりにはその車を運転して家まで帰るし、受け取った現金はすべて直接その男たちの収入になる。
おんぼろのタクシーに乗り込むと、運転係の男が話しかけてきた。「名前は何ていうんだい?」「Yoheiと言います。あなたは?」男の名前はムハンマドといった(本記事に出てくる名前は全て仮名)。タクシーはあちこちにガタが来ていた。自分が乗り込んだ助手席のドアのノブは緩くなっていて、開けるのにコツが要った。ムハンマドは言った。「壊れてるのはわかってるんだけどね、直す金がないのさ。」1日中客引きをして、ようやく1人つかまるかどうか。稼ぎにはどう頑張っても限界がある。「俺には9人も子どもがいるのさ。息子が5人、娘が4人。それに嫁とおふくろもいる。働いてるのは俺だけだ。We are good people, but life is not easy.」
We are good people, but life is not easy.
それはムハンマドの口癖だった。ときに押し付けがましく、ときにこぼすように、ムハンマドは何回でもその言葉を口にした。まるで一定時間ごとにそれを唱えることを義務付けられているかのように、あらゆる会話の後にその一言を付け加えることを、彼は決して忘れなかった。彼がそれを口にするとき、それはまるで合わせた両の手のひらの上に世界の不都合な真実を乗せて、僕の目の前に差し出してくるかのようだった。執拗に。僕の脳に、その一文が赤々と焼き付けられるまで。We are good people, but life is not easy.
ホステルに行く前に近くにあるバンクシーのウォールアートを巡ってくれるというので、彼に任せてみる。パレスチナ人が自由にエルサレム(現在はイスラエル側にある)に出入りできないようにイスラエルが建設した分離壁には、バンクシーのもの以外にもたくさんの落書きやら壁画やらが無秩序に並んでいる。ウィットに富んだものもあれば、感情に任せてなぐり書きしたようなものもある。バンクシーが描いた、分離壁をこじ開けようとする2体の天使のアートの下にぽつんと記された文章に目がいく。"A JUST PEACE. NOT JUST A PIECE."
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バンクシーのウォールアートの一つはバンクシーアート専門のギフトショップの中の壁にある。以前イスラエルの人々がそのウォールアートを破壊しようとしたことがあったため、それを守るためにその壁の周りに店を作ったそうだ。
店のオーナーに勧められ、記念にとバンクシーアートのステッカーを4枚購入する。「カード払いでいいですか?」「カードでもいいんだけど、できれば現金が嬉しいな。カード払いだとマージンを取られてしまうから。」今まで考えてもこなかったシビアな現実に頭が少しくらっとする。
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タクシーを走らせながら、ムハンマドは僕にある提案をする。
「ホステルに泊まる代わりに、うちにこないか?飯も宿もただで提供してやる。明日、明後日も行きたいところに連れてってやるぜ。」
さすがに未知の場所で見知らぬ人の家に泊まりにいくのはリスクを感じたので最初は断る。だが、ムハンマドがおごってくれたクナーファ(パレスチナの伝統的なスイーツ)を食べながら考え直す。現地の人と話したり、現地の人々の生活を知れるまたとない機会なのではないか。
「今日と明日の2泊、泊まらせていただいてもいいですか?明日の観光案内つきで。」
熟考の末にムハンマドに逆オファーする。最悪の場合は迷わず逃げよう。
「よし、決まりだ。」
そうやってパレスチナ旅行は予定外の方向に転がり出していく。(続く)
第2回記事はこちら↓
記事を読んでくださった方へ
ここまで読んでいただきありがとうございました。ここで、読んでいただいている方に気に留めておいてほしいことをいくつか記しておきます。
まず何より、これは僕の視点からの体験談です。なるべく僕の判断を加えず、ありのまま体験したことを記述するように努力しましたが、過ぎ去ったことを脳内で整理して言葉にするという作業を行った時点で否応なくバイアスはかかってしまっていると思います。僕ではない誰かが同じことを経験したらきっと全く違う語り方をするでしょう。また、今回の旅行ではイスラエルに住む人々の立場について詳しく知ることはできませんでした。そのためかなりパレスチナ人側に寄った文章になっています。逆にユダヤ人の立場はほとんど含んでいません。歴史的にマイノリティとして度重なる抑圧・迫害に遭い、今なおその脅威に直面し続けているユダヤ人の苦悩は想像することすらかないません。日本の多くのメディアの報道は(そもそもがイスラエル・パレスチナ問題に関してはかなり無関心だと思いますが)パレスチナ側に立つものがほとんどです。でも、ユダヤ人にはユダヤ人の立場があることは常に頭に留めておいていただきたいです。
それに付随して、本文の中でいくらか現地の文化や人々に対してネガティブな反応をしているところがありますが、僕に現地の人々を悪く言う意図は全くありません。むしろ、出会って会話をした現地の人々は一人残らず善い人々だったと結論づけています。僕が彼らに対して批判的になったり、怒ったりしているところは、それが僕の経験したパレスチナをありのまま伝えるにあたって不可欠であるため含めましたが、そのようなネガティブな体験はすべてそういったイレギュラーな物事に落ち着いて対処しきれなかった僕自身の未熟さからくるものです。
また、本文の内容(特に紛争関連)には誤りが含まれている可能性があります。それは僕が正しく十分に話を聞けなかった可能性があるというだけでなく、パレスチナの人々が非常に偏った情報を僕に伝えていた可能性があるからです。そのあたりに関して全て正しく判断することができるだけの知識が自分にはありません。さらに、ありのままの体験を伝えるという今回のブログの方向性に照らして、情報の正誤を気にしすぎず、現地の人々が口にしたことをなるべくそのまま伝えるのが良いと判断しました。この記事を読んでパレスチナに関する新しい知識を得てくださった方、あるいはパレスチナに旅行に行ってみたいと思ってくださった方は、そのことに留意していただければと思います。
最後に、パレスチナは(そしてイスラエルも)とても良い場所です。僕の書き方からして旅行には向かない場所だと考えられてしまう方もいるかもしれませんが、そんなことはないです。ベツレヘムの降誕教会をはじめ、世界でも有数の宗教の聖地が目白押しです。死海も近いです。事前にしっかり計画を立てて、リスクを負わない選択をすれば、十分に安全な旅行も可能です(僕のようにリスクを負う旅行をしたければ、十分に気をつけて、自己責任で。。)。その上で、僕としてはやはりリスクを負わない範囲で現地の人とも話してみてほしいです。そしてせっかくパレスチナまで足を運んだからには、ヘブロンなど、観光地としてだけではないパレスチナの現実を目にすることができる場所にもぜひ足を運んでほしいです(ヘブロンも基本的にはそこまで危ない場所ではありません)。
第2回記事はこちら↓