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ヘルスケアとエンタメについて考える(ヘルスケア版)

はじめに

はじめまして、唐突なのですが、僕は「エンタメのヘルスケア化」が日頃から必要じゃないかなと思っているタイプの人間になります。ただ、今まで感覚的にそう考えている部分が多いため、他の人に話そうと思ってもポカンとされがちでした。なので、もう少し現状や全体感を理解して、いろいろな側面から話せるようにならないといけないなと、きちんと勉強しようと思いました。
そのため、そもそも論にはなってしまいますが、ヘルスケア産業やエンタメ産業?というのでしょうか、それらについての現状や方向性を自分なりに少し学び整理していければと思います。
個人的なメモがわりになりますので、色々とご容赦いただければと思います。

ヘルスケア産業について

ヘルスケア産業の現状

では、ヘルスケア産業について学習していきたいと思いますが、現状を整理していこうと思います。
まず、全体像を考えるうえで将来人口推計を見ていきたいと思います。
日本の将来推計人口(令和5年推計)結果の概要では、以下のように将来の人口推移について推計しています。*1

“総人口は50年後に現在の7割に減少、65歳以上人口は約4割に(出生中位・死亡中位推計)“

国立社会保障・人口問題研究所.2023年4月.日本の将来推計人口(令和5年推計)結果の概要より引用

このことからもわかる通り、多少の数値のずれはあるにせよ、人口減少・高齢化はある程度確実にくる未来であることがわかります。
その中で、いわゆる団塊の世代が全て75歳以上となる令和7年(2025 年)に向けて、様々生じることが予測される問題を2025年問題として危惧されております。*2
さらには、その後の2040年も問題とされており、総務省のレポートでは以下のように指摘されております。*3

“2040年には、団塊の世代及び団塊ジュニア世代が高齢者となっており、我が国の人口ピラミッドはいわゆる棺おけ型になる。
近年の出生数は、年間100万人に満たない。2040年にはこの世代が20歳代になる。“

総務省.自治体戦略2040構想研究会 第一次・第二次報告の概要より引用(参照日2024年1月20日)

高齢化率が増加していくだけでなく*4、さらには少子化も重なることで、社会保障の持続化の困難が予測されています。厚生労働省の以下の図からも2040年と同程度の人口でありそうな1980年と比較してみても、年齢構成比が明らかに違うことが見て取れるでしょう。*4

厚生労働省.資料(人口の推移、人口構造の変化)より引用(参照日2024年1月4日)

また、以下の厚生労働省の人工増減率の推移の図では、高齢者を分解してみた場合、75歳以上で現在増加傾向、2040年に向けては85歳以上の増加率が顕著になっており、生産年齢人口である65歳未満は減少していくことがわかります。*5

厚生労働省.年齢階級別人口増減率の推移(5年ごと)より引用(参照日2024年1月20日)

また、世界的に見ても高齢者人口の割合は増加傾向で、以下の図でも示されているように、国連の報告では2050年には、6人に1人を65歳以上の高齢者が占めるようになるといわれております。*6

United Nations.January 2023.World Social Report 2023: Leaving No One Behind In An Ageing Worldより引用

このように高齢化は、世界的な潮流ともなっておりますが、以下の総務省の主要国における高齢者人口の割合の推移の図からは、その中でも日本の高齢化率はかなり高くなることが予測されています。*7

総務省.2018年9月16日.統計トピックス No.113 統計からみた我が国の高齢者 -「敬老の日」にちなんで-より引用

このように、少子高齢化と、生産年齢人口の減少も将来的に見えている中、厚生労働省の医療・介護費の将来見通しでは当然ながら増加していく懸念が示されております。*8

厚生労働省.医療・介護費の将来見通しより引用(参照日2024年1月20日)

日本医師会総合政策研究機構による対 GDP 保健医療支出で見てみても、日本はOECD 加盟国平均よりも高い水準にあります。*9 これだけをみて、医療の質や効率化などの話をしていくことには飛躍する部分もあるかもしれませんが、現状を学んだ上で改善するポイントを考えさせる指標の一つにはなるかと思います。

日本医師会総合政策研究機構.No. 464 2022 年 3 月 24 日.医療関連データの国際比較 -OECD Health Statistics 2021およびOECDレポートより-より引用

また、津川友介氏のブログでは、以下のように医療費と経済との関連性も指摘されています。*10

“日本の医療費高騰の原因には、医療技術の進歩や高齢化に加えて、経済成長していないことがあること”

津川 友介.2023年12月30日.日本が「医療費の安い国」でなくなった理由の一つは経済成長の鈍化より引用(参照日2024年1月20日)

高齢化による医療費の増大が今後も確実視される中、経済成長鈍化と少子化による人材不足・医療資源の不足・競争力・交渉力の低下などの影響も軽視できないものがありそうです。

ヘルスケア産業とは

では、ヘルスケア産業についてこのままもう少し学んでいければと思います。そもそも、ヘルスケア産業とはひとくくりに言っておりますが、どのような産業なのでしょうか。
Wikpediaでは以下のように定義されておりました。*11

ヘルスケア産業 (医療産業または医療経済とも呼ばれます) は、治療、予防、リハビリテーション、および緩和ケアで患者を治療するための商品とサービスを提供する経済システム内のセクターの集合および統合です。 これには、WellBeingの維持と回復に役立つ製品とサービスの創造と商品化が含まれます。

Wikipedia.Healthcare industryより引用(日本語訳、2024年1月20日参照)

また、日本ヘルスケア協会では、ヘルスケアを以下のように定義しております。*12

ヘルスケアの定義(簡略版)
「ヘルスケアとは、自らの『生きる力』を引き上げ、病気や心身の不調からの『自由』を実現するために、各産業が横断的にその実現に向け支援し、新しい価値を創造すること、またはそのための諸活動をいう」

日本ヘルスケア協会より引用(2024年1月20日参照)

そもそも「健康」という概念ですら、未だ広範な意味を持っており、ヘルスケア産業とひとくくりにするのはまだまだ難しく、関連するあらゆる活動が含まれている分野と認識しておくことがいいのかもしれません。
では、そのような広範囲にまたがるヘルスケア産業の市場規模はどの程度のものでしょうか。経済産業省の資料では、ヘルスケア産業は2020年で約27兆円、2025年には33兆円を超えることが推計されており、「健康保持・増進に働きかけるもの」と「患者/要支援・要介護者の生活を支援するもの」の2つに分類して示されています。*13 介護関連の方が、高齢化も相まり、市場が拡大していく期待があるのかもしれません。

経済産業省.平成30年4月11日.第9回新事業創出WG 事務局説明資料② (アクションプラン2017の進捗状況について)より引用

また、同資料では、その内訳も示されております。*13

経済産業省.平成30年4月11日.第9回新事業創出WG 事務局説明資料② (アクションプラン2017の進捗状況について)より引用

このような中で、ヘルスケア産業の今後の方向性として、みずほ銀行の産業調査の中では「医療のパラダイムシフトを見据えた日本のヘルスケア産業のとるべき方向性」がまとめられており、デジタライゼーションにより主に3つの変化が起こるだろうと提唱されています。*14

みずほ銀行.2020年.みずほ産業調査 Vol.65より引用

さまざま視点はあると思いますが、とてもわかりやすい資料でしたので、今回は、この3つの変化に関して、僕なりの解釈も含めて、もう少し深ぼりしていこうと思います。

みずほ産業調査からヘルスケア産業を考える

①予防から予後に至る連続性ある疾病管理

今では、病気を発症してから病院に行く、など疾患が発症する時点を基点としてサービスが形成されているかと思います。ただ、視点を病気だけでなく健康として広げることで、健常時(予防段階)から罹患中、寛解後、介護状態など、健康状態のストーリー全般を管理していく必要性が求められているのかもしれません。最近、ペイシェントジャーニーが話題となることが多いですが、ペイシェントの状態の時だけでなく、ヘルスケアジャーニーとでもいうのでしょうか。健康をより広範囲にとらえたシームレスなケアの需要が増していくのだろうとのことかと思います。
例えば、医療・介護の面では、日本の地域包括ケアシステム*15により、在宅医療での官民一体・多職種協働と、介護状態の領域ではシームレスなケアが一部実現できているのではないかと思います。また海外でも、Multimorbidityについては、一部統合ケアアプローチが検討されている側面もあります。*16

EUの研究では、統合ケアのフレームワークを作成し、サービス提供、リーダーシップとガバナンス、労働力、資金調達、テクノロジーと医療製品、情報と研究の6つの要素に分解し、さらに、ミクロ・メソ・マクロのレベルで検討しています。*17

Fenna R M Leijten, et al. 2018;PMID: 28668222より引用

また、このような複雑に入り組む統合ケアアプローチのような評価に関しては、多基準決定分析(MCDA)の有用性も検討されています。*18,19
今後は複数疾患や介護にとどまらず、予防・予後を含めたライフコース全般での統合ケア*20 が求められ、そのような非常に多くの要素がある中で、全てをアナログに管理するのは現実的でなく、デジタライゼーションにより医療・介護の枠を超えたシームレスな官民一体の連携・仕組みの構築が急務であり、またそのような複雑なシステムをどう評価していくのかも重要な部分になってくるのではないかと思います。

➁患者(層)毎に個別化された精密な医療

近年、医療でも白黒つけにくいケースは徐々に多くなってきているのではないかという印象です。例えば、新型コロナウイルスワクチンを接種するしないで起こった分断は記憶に新しいのではないでしょうか。*21 統計的に有意であるとしても、外的妥当性が高かったとしても、すべての人が納得するケースやサービスというのは少ないのかと思います。また、人間の行動には基本的に非合理的な側面がつきまといます。*22 何でもかんでも正論的・コンセンサス的なものが罷り通るわけではないのでしょう。仮に臨床ガイドラインなどを一般的に正しい医療とするとしても、Multimorbidityのような状態に全てをあてはめようとする場合、実現困難性を指摘している研究もあり、この辺りは示唆に富む部分ではないかと思います。*23
さらには、医療やテクノロジーも日々進歩していく中で、医療を受ける側も提供する側も選択肢は増えていく一方かと思います。その中には非科学的な選択肢も増えていくことでしょう。非科学的な補完医療には賛否あるかと思いますが、先ほどのような統合ケアの観点からは、非科学的なものをただ否定するやり方は、ベースとなっている医療のケアから離脱させてしまうリスクも指摘されています。*24
ケアの範囲がシームレスに広がり、選択肢も加速度的に増えていく中で、平均値的なサービスを提供する体制や仕組みには限界が来ており、一人一人に合わせた医療にならざるを得ない環境変化が起きているのかと思います。EBMの4つの輪をより意識したような、目の前の患者さん一人一人にカスタマイズした多品種少量生産のようなサービスがヘルスケアでも求められてきているのかもしれません。*25

③医療資源は分散化、物理的制約から解放

皆保険制度など日本の医療の仕組みは、個人的には素晴らしい仕組みであると思っています。しかし、少子高齢化の現状、コロナ禍の様々な状況への柔軟性が低かったことから変化の必要性が迫られていることも事実かと思います。特に働き方に関しては総務省の報告でもあるように、会社に出社することがスタンダードだった以前と比べて、テレワークが急速に広まっていったことは皆さんもご存知のことかと思います。*26

総務省.令和5年5月29日.令和4年通信利用動向調査の結果より引用

それに対して、業種別のテレワーク実施率を見ると、医療・福祉は低い傾向が出ています。*27

内閣府.令和5年4月19日.第6回 新型コロナウイルス感染症の影響下における 生活意識・行動の変化に関する調査より引用

テレワークと親和性がありそうなオンライン診療に関しても、厚生労働省のデータを見ると20%に見たない部分で既に頭打ちでそこまで増加していない現状が見えてきます。*28

厚生労働省.令和5年1月~3月の電話診療・オンライン診療の実績の検証の結果より引用(2024年1月20日参照)

とはいえ、今後の人材など医療資源不足のことを考えると、ヘルスケア分野でも、オンライン化の急速な変化はどこかでやってくる可能性は高いかと思います。また、2023年はマルチモーダルAIの進歩がすさまじかったですので、問題となっている様々な要因に対して今後応用が期待される部分も大いにあるのではないかと思います。*29 それらにより、現状対面でやらざるを得ない状況も縮小していき、物理的制約から解放される領域も徐々に増えていくのかもしれません。

Julián N Acosta ,et al.2022;PMID: 36109635より引用

未来の健康づくりに向けた『アクションプラン2023』からヘルスケア産業を考える

『アクションプラン2023』

国の方向性の視点でもみていければと思います。国の方針での健康・医療戦略の一環として、経済産業省で「未来の健康づくりに向けた『アクションプラン2023』」が報告されており、ここでは3つの目標が提言されています。今回は、こちらの3つの目標を土台にしながら学んでいこうと思っています。*30

経済産業省.2023年8月24日.新しい健康社会の実現に向けた 「アクションプラン2023」より引用

①健康寿命を2040年に75歳以上に

健康寿命とは、「健康上の問題で日常生活が制限されることなく生活できる期間」のことをいい、一方で、平均寿命とは「0歳における平均余命」のことを言います。*31,32
2040年の健康寿命の目標は75歳以上となっていますが、現在地はどのくらいなのでしょうか。厚生労働省の資料によると令和元年時点では以下のように男性で72.68歳、女性で75.38歳のようです。*33

厚生労働省.令和3年12月20日.健康寿命の令和元年値についてより引用

健康寿命の目標からすると、女性ではすでに目標の75歳は達成していそうです。全体として75歳以上に引き上げるためにはどうしていくべきか、具体的な取り組み案も記載されています。*34 これまで以上の健康寿命の延伸を達成するためには健康無関心層へのアプローチも必要となり、頑張って健康になってもらうというよりは行動経済学の応用などにより、自然と健康になる環境整備が必要となってくるのかもしれません。

厚生労働省.令和元年5月29日.2040年を展望した社会保障・働き方改革本部 のとりまとめについてより引用

では世界との比較はどうでしょうか。WHOのサイトで、2019年の健康寿命のデータを見てみると日本は1位となっているようです。*35

World Health Organization.Healthy life expectancy (HALE) at birth (years).(2024年1月8日参照)

このデータからですとそこまであまり現状に問題がなさそうにも思えますが、平均寿命と健康寿命の差に視点を移すと見え方が変わってきます。*36

健康長寿ネット.世界の健康寿命より引用(2024年1月20日参照)

「平均寿命と健康寿命の差」については、日本は33位とまだまだ課題が残るように見えます。ただ世界的に見てもこの「平均寿命と健康寿命の差」は問題視されており、健康寿命と障害調整生存年 (DALY)について195カ国のデータを調査している報告があります。*37 この報告では健康寿命の増加幅は、同期間の平均寿命の増加幅よりも小さく、その結果、健康状態が悪い状態で生きる年数が増加している傾向が見られています。
ちなみに、障害調整生存年 (DALY)とは、以下のように定義され、Wikipediaのイメージ図がとてもわかりやすいです。*38

全体的な疾病負担の尺度であり、健康不良、障害、または早期死亡によって失われた年数

Wikipedia.Disability-adjusted life year(2024年1月20日参照)
Wikipedia.Disability-adjusted life yearより引用(2024年1月8日参照)

障害調整生存年 (DALY)とは、ただの平均寿命と健康寿命の差ではなく、若い頃でも感染症や傷害などにより損失が発生した場合にはその年数も差し引かれた考慮がされているということです。
DALYの主な原因については、近年では男女別にみると多くを非感染性疾患(NCDs: Non-communicable diseases)が占めてきているようです。*37 以前は、感染性疾患の占める割合が多く、ワクチンの予防接種が主な要因となりDALYの減少につながってきたようです。*37 以下の図がDALYの原因となるTOP30の疾病の変遷になります。

GBD 2017 DALYs and HALE Collaborators.2018;PMID: 30415748より引用
GBD 2017 DALYs and HALE Collaborators.2018;PMID: 30415748より引用

これらの疾患に対して、予防啓発を行っていくのは有効かもしれません。一方で、今後のヘルスケアの形は、疾患中心から患者中心の医療へとシフトしていく必要性があり、疾患起点の予防だけでは不十分な可能性もあります。
そのような背景から、国立がん研究センターから『疾患横断的エビデンスに基づく健康寿命延伸のための提言(第一次)』が作成されております。個人起点で9つ、社会起点で1つに要点を整理しまとめられております。*39

国立がん研究センター.疾患横断的エビデンスに基づく健康寿命延伸のための提言(第一次).(2024年1月20日参照)

このように平均寿命の延伸以上に健康寿命を延ばし、DALYを下げていくためには、疾患のトレンドも抑えながら、疾患横断的な視点も併せ持つ必要があるのかもしれません。

➁公的保険外のヘルスケア・介護に係る国内市場を2050年に77兆円に

最初に紹介させていただいた「新しい健康社会の実現に向けた 「アクションプラン2023」」では、主に健康経営やPHRなどの施策を推進することを掲げておりました。*30

経済産業省.2023年8月24日.新しい健康社会の実現に向けた 「アクションプラン2023」より引用

そのため、今回は健康経営とPHRについて主に学んでみようと思います。
まずは、健康経営について見ていきましょう。健康経営とは、経済産業省のサイトでは以下のように書かれておりました。*40

健康経営とは、従業員等の健康保持・増進の取組が、将来的に収益性等を高める投資であるとの考えの下、健康管理を経営的視点から考え、戦略的に実践すること。

経済産業省.健康経営の推進について.令和4年6月より引用

健康経営に関してはもう10年近く取り組みが続いており、経営的文脈、働き方改革、人権デューデリジェンスなど、時代の流れやさまざま側面から健康経営という視点が徐々に重要視されてきているのかと思います。*41

経済産業省.健康・医療新産業協議会 第10回健康投資WG 事務局説明資料① (今年度の進捗と今後の方向性について).令和5年12月7日より引用

直近の報告を見ても、健康経営に取り組む企業数は増えてきております。*30

経済産業省.2023年8月24日.新しい健康社会の実現に向けた 「アクションプラン2023」より引用

一方、世界的に見ても、健康経営というワードはなさそうでしたが、労働者の健康を守ろうとする動きは生産性の向上、経済発展への寄与にもつながる可能性があり、労働衛生の取り組みとして推進している傾向が見られます。*42 アメリカの会社の健康投資について調べているWellableのレポートでは、メンタルヘルスやストレスなどの分野に多く投資がされている調査結果も出ておりました。*43
また、職場内で実施される予防的健康介入の投資収益率 (ROI)を調べたシステマティックレビューもあり、傾向として介入の多くはROIのプラスをもたらしている結果となっておりました。*44
ただ、日本に視点を戻すと、健康経営の取り組みは進んできている一方で、「健康経営優良法人に認定されること」が目的化しており、表面上の指標だけ見ていて、プレゼンティーイズムの解消などの業務パフォーマンス指標の情報収集、情報開示がうまくできておらず、市場の評価になかなか繋がっていないという課題もあるようです。*30,45,46 とりあえず、ストレスチェックのアンケートをとる、それっぽいサービスを福利厚生として導入している、で止まっているようなところは案外多いのではないでしょうか。

経済産業省.2023年8月24日.新しい健康社会の実現に向けた 「アクションプラン2023」より引用

そのような背景もあり、経済産業省は、健康投資の見える化のために「健康投資管理会計ガイドライン」を作成しており、ここでは、上図のアブセンティーイズム、プレゼンティーイズム、ワーク・エンゲイジメントなどの業務パフォーマンスの指標についての測定方法の指針を示してくれています。*47
このような経営と健康をつなぐ部分を可視化し、健康にも経営にも効果が出ているんだよとわかりやすく、また使いやすいシステムなどへの期待が増しているのかもしれません。

では、続いて、もう一つのPHRについても学んでいければと思います。
PHRは、デジタル庁によるデジタル社会の実現に向けた重点計画の中にある医療DX、データヘルス改革の推進の中に位置づけられています。*48,49,50

内閣官房.医療DXの推進に関する工程表〔全体像〕より引用(2024年1月20日参照)

では、PHRとは具体的にはなんでしょうか。定義をすると細かくなるようですが、一般的には、個人の健康・医療・介護に関連する情報のことであり、その仕組みやPHRを提供する事業者のことまでを指して使われているケースもあるようです。*51,52
ただ、健康・医療・介護に関する情報と言っても多岐にわたると思います。その中でも医療情報との連携、食事や睡眠、運動などのライフログデータについてPHRが主に期待されているようです。*53

厚生労働省.医療DXについてより引用(2024年1月13日参照)
経済産業省.令和4年12月.民間PHR事業者団体の設立に向けた調整状況についてより引用

産業を跨いだ活用の幅も広がってきており、自動車、アパレルなどのヘルスケア以外での利用も増えてきているようです。*54
一方で、医師へのアンケート調査では、まだほとんどPHRの活用は行われておらず、このことはデジタルヘルス自体の利用状況が他国よりも低い状況もあり、これは主に日本の皆保険制度による医療アクセスの良さが要因となっている可能性、またそのような利用率の低さから、PHRなどを事業化させるのが難しいという懸念も出ているようです。*54,55

Accenture.2022/02/01.日本におけるデジタルヘルス活用の現状と課題より引用

病気になれば、近くに病院がある、保険も使えて気軽に受診できるし、処方箋を貰えば近くに薬局がある、そのまま薬を受け取って帰ればいい。このように現状の仕組みがうまく機能しているため、デジタル化への阻害作用が働き、オンライン診療やセルフメディケーションなどの意識の醸成もしにくくなっているのかもしれません。ただ、このような現状の仕組みが今後も問題なく継続できるかというと、黄色信号が点っていることはこれまで学んできたことからも想像しやすいことかと思います。
まずは、PHRを含めたデジタルの恩恵を受けやすい部分で、医療従事者や患者さんの課題が埋もれている部分を洗い出していくこと、そのような課題を複数の領域でカバー・横断できるようにデザインしていくことで、利便性を高めていけるようなサービスや仕組みが求められているのかもしれません。*54

経済産業省.令和4年度ヘルスケアサービス社会実装事業(民間PHRサービスの利活用促進等に向けた調査)より引用(2024年1月20日参照)

③世界の医療機器市場のうち日本企業の獲得市場を2050年に13兆円に

最後に医療機器に関して、学んでいこうと思います。最初に紹介させていただいた「新しい健康社会の実現に向けた 「アクションプラン2023」」では、医療機器に関しては、AI医療機器・プログラム医療機器(SaMD)に言及しており、また、これらの分野では市場規模・成長率共に高いことが推計されています。*30,56

経済産業省.令和5年6月5日.医療機器産業を取り巻く課題についてー第1回WG資料ーより引用

また、世界市場を意識したときに、どこの健康段階を主に担うべきかも、議論されており、日本での強みのある分野での参入を軸に市場拡大を検討しているようです。*57 この辺りは、ヘルスケアジャーニーの観点とも共通する部分があるかと思います。

経済産業省.令和5年5月25日.医療機器産業を取り巻く課題についてより引用

では、プログラム医療機器(SaMD)とは一体なんなのでしょうか。
Software as a Medical Device(SaMD)をプログラム医療機器と訳しております。イメージとしては、デジタルヘルスの中にある、単体で医療機器として機能しているソフトウェアをSaMDと分類しているようです。*58 また、「医学的な障害または疾患を予防、管理、または治療するために、高品質のソフトウェアプログラムを利用したエビデンスベースの治療的介入を提供するもの」をデジタル・セラピューティクス(DTx)といい、区別しておりますが、これらは横断しており、同義として扱われたり、区別して使われることもあり、まだ一貫した定義づけがない印象です。*59,60

Akihiro Nomura.2023;PMID: 37258624より引用

DTxに関しても、市場は今後伸びると言われており、現状では行動習慣の改善に関するDTxが増えているようです。日本でも、禁煙や高血圧治療でのDTxが承認されてきています。*60,61

Deloitte.デジタルセラピューティクスにおける知財動向と論点 デジタルセラピューティクス(DTx)の全体像と最新動向からDTxにおける知財戦略を考察より引用(2024年1月20日参照)

また、アメリカでは、DTxのプラットフォームが作られ、様々な取り組みを進め、安全性や効果を検証できるシステム構築の取り組みなども行われているようです。*62
ただ、そのような様々な期待がある一方で、テクノロジーの進歩とともに既存のシステムやルール設定が追い付いていないこともあり、様々な課題がでているようです。日本でも、以下のような課題などが指摘されています。*63

日本におけるSaMD/DTxの開発は①保険償還制度における収益予測の不確実性,②事例の蓄積不足による規制情報の限定,③臨床試験計画や承認後のソフトウェア修正戦略の困難さ,④ソフトウェア物流・認証システムの構築,⑤競合製品としてのSaMD以外のソフトウェアの増加といった多くの課題を抱えている.

前川 雄亮.et al.レギュラトリーサイエンス学会誌.2022 年 12 巻 3 号 p. 315-322.産業界におけるデジタルセラピューティクスの実用化と課題より引用

このような多岐にわたる課題をどう解決していくかは、個々のソリューションでは厳しく、日本総研では、海外事例を踏まえた上で以下のような提言をしております。*59

①デジタルの世界的先導領域設定:超高齢社会の健康課題等世界をリードする領域にて、対応する治療用アプリ開発を強化
②デジタルに適した評価追求:デジタルとひとくくりにしない価格体系と価値に基づく価格改定
③デジタル分野の仮償還制度実装:一定のデータで仮承認を与え、その後のデータ補填により正式承認を与える制度の実装

日本総研.医療のデジタル化におけるデジタルセラピューティクス(DTx)導入の推進に関する提言より引用(2024年1月20日参照)

これまでの学習でもあったように、横断した領域での評価・価値の提供、柔軟なシステムへの変革などが求められているのかもしれません。

ヘルスケア産業の小括

以上、僕なりにさまざまな視点からヘルスケア産業について学んでみました。
自分なりに整理をしますと、個人の平均寿命は伸びていく中で、平均寿命と健康寿命のギャップが出てきており、また、その中でも、病気が一つもない時期というのは、高齢期以外を含めてもそんなに多くはなくなってきているのかと思います。かくいう自分も、アトピー性皮膚炎や片頭痛をもっており、かゆみや頭痛から時間を無駄にしてしまうことは多々あります。DALYの低下、もしくは健康という概念転換の必要性があるのかと思います。
人生全体で健康を考えていくうえでは、各年代に応じたソリューションの提供が必要であり、人口が世界的に減少していく中で、ニッチに特化したサービスも必要かとは思いますが、多様に広がっていく各ニーズに対して、細かく対応できる多品種少量生産の仕組みが重要になってくるのかと思います。シュリンクする市場に耐えうるシステムなど、安宅和人氏も「逆のスケーラビリティ」を提唱しており、まさにこのような意識転換が必要なのかもしれません。*64
その中で必要となってきそうな部分は、横断したサービスの提供・データ管理であり、そこを見据えた上でデザインできるコーディネーターみたいな役割や仕組みであったり、「Software 2.0」を意識した設計も必要なのかもしれません。*65 また、そのような多岐に広がり増えていく選択肢の中で、全てをお任せしているようなこれまでのパターナリズム的なやり方では、効率性の面でもヘルスケアの最大化という面でも難しいでしょう。患者さん自身も自身の健康のデザインに参加する必要があり、患者中心のヘルスケアを実行しつつ、意思決定に関わっていくための自身のヘルスリテラシーの醸成も必要になってくるのかと思います。
現状のヘルスケアの動きに対して、どのようなスパイスを加えていくべきなのか、僕は冒頭申し上げた通り、エンタメに感覚的に期待を寄せています。この後は、エンタメ産業について調べていきながら、ヘルスケア産業とどのような関連性や展望がありそうなのかを学び深ぼっていけたらなと思います。

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【参考資料】
*1:国立社会保障・人口問題研究所.2023年4月.日本の将来推計人口(令和5年推計)結果の概要
*2:厚生労働省.2006年9月27日.今後の高齢化の進展~2025年の超高齢社会像~
*3:総務省.自治体戦略2040構想研究会 第一次・第二次報告の概要.(参照日2024年1月20日)
*4:厚生労働省.資料(人口の推移、人口構造の変化)(参照日2024年1月20日)
*5:厚生労働省.年齢階級別人口増減率の推移(5年ごと)(参照日2024年1月20日)
*6:United Nations.January 2023.World Social Report 2023: Leaving No One Behind In An Ageing World
*7:総務省.2018年9月16日.統計トピックス No.113 統計からみた我が国の高齢者 -「敬老の日」にちなんで-
*8:厚生労働省.医療・介護費の将来見通し(参照日2024年1月20日)
*9:日本医師会総合政策研究機構.No. 464 2022 年 3 月 24 日.医療関連データの国際比較 -OECD Health Statistics 2021およびOECDレポートより-
*10:津川 友介.2023年12月30日.日本が「医療費の安い国」でなくなった理由の一つは経済成長の鈍化(参照日2024年1月20日)
*11:Wikipedia.Healthcare industry.(日本語訳、2024年1月20日参照)
*12:日本ヘルスケア協会.ヘルスケアの定義(2024年1月20日参照)
*13:経済産業省.平成30年4月11日.第9回新事業創出WG 事務局説明資料② (アクションプラン2017の進捗状況について)
*14:みずほ銀行.2020年.みずほ産業調査 Vol.65
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*16:ボソボソさん.2021年7月6日.Multimorbidity - 複数の慢性疾患について(2024年1月20日参照)
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*23:Cynthia M Boyd ,et al.2005;PMID: 16091574
*24:羊土社.Gノート 2016年12月号 Vol.3 No.8 患者さんに補完医療について聞かれたら 統合医療は怪しいのか!?正しく知って、主治医力を上げよう!
*25:NewsPicks.2023年12月6日.【原点】トヨタの自働化を学べば、仕事の本質が分かる
*26:総務省.令和5年5月29日.令和4年通信利用動向調査の結果
*27:内閣府.令和5年4月19日.第6回 新型コロナウイルス感染症の影響下における 生活意識・行動の変化に関する調査
*28:厚生労働省.令和5年1月~3月の電話診療・オンライン診療の実績の検証の結果(2024年1月20日参照)
*29:Julián N Acosta ,et al.2022;PMID: 36109635
*30:経済産業省.2023年8月24日.新しい健康社会の実現に向けた 「アクションプラン2023」
*31:e-ヘルスネット.平均寿命と健康寿命(2024年1月8日参照)
*32:World Health Organization.Healthy life expectancy at birth (years).(2024年1月8日参照)
*33:厚生労働省.令和3年12月20日.健康寿命の令和元年値について
*34:厚生労働省.令和元年5月29日.2040年を展望した社会保障・働き方改革本部 のとりまとめについて
*35:World Health Organization.Healthy life expectancy (HALE) at birth (years).(2024年1月8日参照)
*36:健康長寿ネット.世界の健康寿命(2024年1月8日参照)
*37:GBD 2017 DALYs and HALE Collaborators.2018;PMID: 30415748
*38:Wikipedia.Disability-adjusted life year(日本語訳、2024年1月8日参照)
*39:国立がん研究センター.疾患横断的エビデンスに基づく健康寿命延伸のための提言(第一次).(2024年1月8日参照)
*40:経済産業省.健康経営の推進について.令和4年6月
*41:経済産業省.健康・医療新産業協議会 第10回健康投資WG 事務局説明資料① (今年度の進捗と今後の方向性について).令和5年12月7日
*42:World Health Organization.Protecting workers' health(2024年1月13日参照)
*43:Wellable.2023 Employee Wellness Industry Trends Report(2024年1月13日参照)
*44:Frédérique Thonon, et al.2023;PMID: 37290417
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*46:日本総研.2021年09月27日.デジタルで変容する米国の「The Healthy Company」 ~日米健康経営の比較から考察するわが国の課題~
*47:経済産業省.令和2年6月12日.健康投資管理会計ガイドライン
*48:デジタル庁.2023年(令和5年)6月9日.デジタル社会の実現に向けた重点計画
*49:内閣官房.医療DXの推進に関する工程表〔全体像〕(2024年1月13日参照)
*50:厚生労働省.令和3年7月29日.データヘルス集中改革プラン等の主な論点と検討の方向性
*51:PHR Association Japan.Personal Health Record (PHR) 定義(V1.3)(2024年1月13日参照)
*52:経済産業省.令和4年12月.民間PHR事業者団体の設立に向けた調整状況について
*53:厚生労働省.医療DXについて(2024年1月13日参照)
*54:経済産業省.令和4年度ヘルスケアサービス社会実装事業(民間PHRサービスの利活用促進等に向けた調査)(2024年1月15日参照)
*55:Accenture.2022/02/01.日本におけるデジタルヘルス活用の現状と課題
*56:経済産業省.令和5年6月5日.医療機器産業を取り巻く課題についてー第1回WG資料ー
*57:経済産業省.令和5年5月25日.医療機器産業を取り巻く課題について
*58:IMDRF(International Medical Device Regulators Forum).Software as a Medical Device (SaMD): Key Definitions(2024年1月16日参照)
*59:日本総研.医療のデジタル化におけるデジタルセラピューティクス(DTx)導入の推進に関する提言(2024年1月16日参照)
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*61:Deloitte.デジタルセラピューティクスにおける知財動向と論点 デジタルセラピューティクス(DTx)の全体像と最新動向からDTxにおける知財戦略を考察(2024年1月16日参照)
*62:独立行政法人 日本貿易振興機構.2022年03月.米国におけるデジタルヘルス市場動向調査(2022年3月)
*63:前川 雄亮.et al.レギュラトリーサイエンス学会誌.2022 年 12 巻 3 号 p. 315-322.産業界におけるデジタルセラピューティクスの実用化と課題
*64:安宅和人.2023-12-30.逆のスケーラビリティ(2024年1月20日参照)
*65:Andrej Karpathy.Nov 12, 2017.Software 2.0(2024年1月20日参照)

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