
国公立大学受験では第二志望がB判定以上なら、第一志望の判定に関わらず、第一志望にチャレンジ受験する
素人ながら、行動経済学のプロスペクト理論を東京都立高校の受検に当てはめて分析してみたところ、リスク回避>リスク愛好(1.7〜1.8倍)という結果となりました。
じゃあ、大学受験でのリスク選好度はどうなのだろう?、ということが気になったので、分析してみました。使うデータは、いつもの駿台・ベネッセの共通テストリサーチです。直前に2025年度入試が行われましたが、データ整備が間に合わないので、2020-2024年度入試の平均値を用います。
分析にあたり、受験科目や配点の差は無視して、それぞれの大学の配点に対する得点率で比較します。そのため、一定の誤差が内包されています。
なお、共通テストリサーチなので、この後に実際の出願校は変動する可能性が高いです。ただ、劇的に変わることはないと想定されるので、厳密ではないけど、一つの傾向値として見て下さい。
また、文中に上位/下位という表現を用いますが、それはあくまで合格難易度(判定偏差値・得点率)の上下に過ぎません。
0. まとめ
同一県内に異なるレベルの国公立大学があり、地元進学率が高い愛知県で、京都大学 > 名古屋大学 > 名古屋工業大学/名古屋市立大学の順に国公立大学を志望する受験生を仮定し、これを一般的な国公立大学受験と見なす場合、大学受験のリスク選好度は次のようになる。
大学受験生は第一志望の合格率判定ではなく、第二志望の合格率判定に基づいて、志望校のリスク評価を行う
第二志望がB判定以上の場合は、第一志望の判定に関わらず、第一志望の大学を受験する割合が高い。これは、京大と名大(名大より上位側)、名大と名工大/名市大(名大より下位側)で差は見られない。
上位大学C判定・下位大学B判定を基準とすると、国公立大学受験のリスク愛好はリスク回避の1.4倍であり、大学受験はチャレンジ受験志向と言える。
リスク愛好の度合いは、理系 > 文系 > 医学部の順に高い。
1. 分析対象の選定
前回分析の都立高校受検と異なり、大学受験は全国区の競争のため、大学の志望順を一般化はハードルが高いです。志望大学を合否リスクで判断したのか、学費の多寡で判断したのか、実家からの距離で判断したのかなど、一概には特定できません。
ただ、逆に言えば、合否リスク以外の要件が近しいサンプルを見つければ、合否リスクが志望大学の決定に与える影響が大きくなります。では、そうしたサンプルはどんなサンプルでしょうか?
それは、同じ地域にレベルの違う国公立大学が複数あるケースです。それも、その大学は全国区ではなく、ローカル度が高い方がより均質性が高まります。その観点で思いついたのが、私の地元の愛知県です。
愛知県には、名古屋大学(名大)の他に、名古屋工業大学(名工大)や名古屋市立大学(名市大)や愛知県立大学(県立大)など、レベルの違う国公立大学が県内に存在します。そして、名古屋大学は帝国大学の中で、もっとも所在都道府県からの入学者が多い大学です(表1参照)。

また、名古屋から京都まで新幹線で1時間程度のため、東大よりも京大志向が強く、名大を余裕で合格できる学力上位者の多くは京大を目指す傾向があります。重力モデルを考慮すれば、名大を軸にして、ほぼ難易度差だけが違う大学がほぼ同条件で複数存在するのが愛知県と考えられます。
そして、受験生の大学の志望順は入学難易度の順(京大>名大>名工大/名市大)と仮定します。他の条件をほぼ除外できるなら、学力が高ければ難易度の高い大学を志望するのは一般的という考え方です。
では、愛知県を国公立立大学のサンプルとする場合、これまでに名前を挙げた大学の入学難易度はどれくらいでしょうか? 文系と理系の代表的な学部と医学部(医学科)について、駿台全国模試の合格目標ライン(A判定80%相当)と共通テストリサーチのA判定得点率(2020−2024年平均)を整理すると、このようになります。

東大と京大はほぼ同じ難易度、その次に名大、名工大と名市大がほぼ同じ難易度、その下に愛知県立大というポジションのようです。そのため、今回は名大を中心に上下1つの京大と名工大/名市大を分析スコープとします(黄色枠線)。
分析対象の大学の難易度の差を集計するとこのようになります。医学部はやや歪ですが、文系と理系の代表学部はほぼ上下対称の差になっているようです。

2. 共通テストリサーチデータの集計
それでは、上記の大学・学部・学科の共通テストリサーチデータを集計していきます。まずは、A〜E判定の得点率の分布です。工学部・電気系がちょうどよいサンプルになるので、ここで説明します。

このグラフが、京大・名大・名工大の工学部・電気系の判定得点率です。京大と名大を比べると、得点率90%では上位の京大がB判定になるのに対して、下位の名大はA判定です。他の得点率でも判定1段階のズレが見られます。この場合、共通テスト得点率80%くらいの受験生は、京大C〜D判定・名大B〜C判定で、チャレンジするかリスク回避するか悩むはずです。
続いて、名大と名工大を比較してみます。共通テスト得点率80%を超えると、名工大はA判定になるのに対して、名大はA〜C判定と幅があります。この層はおそらく名大志望が基本のはずです。その下の得点率70〜80%だと、名大C〜E判定・名工大B〜C判定となり、この層がチャレンジかリスク回避かで悩むことになると考えられます。
このように、同じ工学部電気系でも、共通テスト得点率によって、京大・名大・名工だの判定の組み合わせが変わります。共通テストから時間を遡ると、受験生はそれまでの模試の判定の組み合わせを元にして、共通テストの手応えも踏まえて、共通テストリサーチの第一志望先を決めているはずです。
そう考えると、共通テストリサーチの上位大学と下位大学の判定の組み合わせに対する志望者の割合は、受験生がそれまでの情報を元に、リスク選好を行った結果と言えます。そこで、共通テストリサーチの判定の組み合わせを比較の軸として、判定組み合わせごとに各大学の志望者数を集計してみます。同じ工学部・電気系ではこのようになりました。

左が京大と名大の志望者の比較、右が名大と名工大の志望者の比較です。上位大学志望割合は、行ごとに上位大学(京大>名大>名工大)の志望割合を集計しています。概ね判定が高い=学力が高ほど、上位の大学の志望割合が高くなっています。当たり前と言えば当たり前です。
ただ、大学ごとに定員が異なります。京大は123人、名大と名工大は106人くらいです。定員が多いほど、志望者の絶対数が増えるので、その歪みの補正も必要となります。そのため、名大の定員数に合わせて、同じ比率で補正してみたのが、こちらの表です。

定員(青文字)を一致させたため、合計数(赤文字)が修正され、上位大学の志望割外が少し変動しています。今回は定員差があまりないので補正の影響は軽微ですが、定員補正を行った上位大学の志望者割合を今後の分析指標として用いることにします。
3. 全体の比較分析
これまでは工学部・電気系を事例として、同じ学力を持つ受験生が、上位大学と下位大学のどちらを志望するかの分析方法を説明してきました。同じ分析方法で、他の学部も集計すると、上位大学志望割合はこのようになります。なお、この表における上位大学とは、京大と名大の比較では京大を指し、名大と名工大/名市大の比較では名大を指します。

さて、この表は上位大学の判定順・下位大学の判定順に並べています。ただ、右の上位大学志望割合の平均値を見ると、上から下に数字が凸凹しています。そこで、この平均値で並び替えてみます。

上位大学志望割合の平均値で並べてみると、上位の大学の順番は秩序がなくなりましたが、下位の大学は判定順に並ぶことがわかります。見やすくするために、グラフにするとこうなります。

いくつか非連続なところは見られますが、概ね直線的に右肩下がりになっています。このことから、京大・名大・名工大/名市大の受験生は、難易度の高い上位大学の判定ではなく、下位大学の判定で志望大学を判断していることがわかります。
また、上位大学志望割合が50%で横破線を引いています。基本的には上位大学の判定は下位大学の判定より低くなるので、この線より上はチャレンジ受験志向=リスク愛好と言えます。逆に、この線より下はリスク回避志向です。
その観点でグラフを見ると、左側の下位大学判定がA判定(グリーン)とB判定(ブルー)は、上位大学の判定に関わらず、上位大学志望度が50%を超えています。逆に、下位大学がC判定以下は全て50%未満です。
このことから、京大・名大・名工大/名市大の受験生は、上位大学の判定ではなく、下位大学の判定で志望大学を判断していて、下位大学がB判定以上であれば、上位大学にチャレンジ受験する傾向が強いと言えます。
4. カテゴリ別の比較分析
続いて、カテゴリ別に上位大学志望割合を見ていきます。全体の上位大学志望割合の高い判定組み合わせ順に比較します。なお、欠損値は按分で補正してています。
まずは、京大 vs 名大と名大 vs 名工大/名市大の2つのカテゴリの比較です。

こちらはどちらもほぼ同じ右肩下がりです。名大 vs 名工大/名市大が京大 vs 名大より滑らかなのは、名工大/名市大の2つを平均化しているためです。大学受験のリスク選好は上位側と下位側で差はないようです。
続いて、文系、理系、医学部の3つのカテゴリの比較です。

こちらは、多少凸凹しています。左側(下位判定が高いゾーン)では、理系受験者のリスク愛好度が高くなっています。グリーンの医学部は、左側ではリスク愛好度が低く、右(下位判定が低いゾーン)ではリスク愛好度が高くなっています。文系はその中間くらいです。大学受験のリスク選好は、理系>文系>医学部の順に高いと言えます。
文系は女子が多いため、浪人を避けて理系よりリスク愛好が低くなるのだろうと推察されます。一方、医学部は京大>>名大>名市大と難易度格差が大きいのに加えて、国家資格取得=医学部合格を大学名よりも優先する受験生が多いのではないかと考えられます。
6. 最後に
上記のように、京大・名大・名工大/名市大の受験では、難易度下位の大学の判定に基づいて志望校の選択が行われ、下位大学がB判定以上であればチャレンジ受験志向(リスク愛好)になることが確認できました。
今回の京大・名大・名工大/名市大は、合格難易度以外の志望校判断の影響の多くを排除できる組み合わせとして選んでいます。そのため、強引に拡張すれば、今回の考察結果は、国公立大学受験の一般論として扱えると考えられます。
その際、改めてグラフ1を見ると、上位大学C判定・下位大学B判定の上位大学志望割合は58%でした。これは上位志望58:下位志望42=リスク愛好58:リスク回避42なので、リスク愛好>リスク回避(1.4倍)となります。

そのため、今回の結論としては、「共通テストリサーチから分析すると、国公立大学受験ではチャレンジ受験志向(リスク愛好)がリスク回避志向より1.4倍大きいことがわかる」です。
都立高校受検のリスク回避志向とは真逆になりました。高校受検と大学受験の比較考察は次回に回します。