医学部の判定偏差値はなぜ高いのか?(大学の合格最下位学力の統計分析⑤) 【改訂版】
趣味の統計分析シリーズです。共通テストリサーチを使った合格最下位の分析をしていますが、東大の分析精度を上げるために、模試判定を用いた合格者推定モデルを追加しています。
せっかく別のモデルを作ったので、今回は模試判定を用いた合格者推定モデルを用いて、表題を含む次の3つの命題(仮説)の検証を行います。
医学部の判定偏差値はなぜ高いのか?
都立高校受験でA判定なら合格率100%なのか?
筑波大駒場中学の合格は運なのか?
0. まとめ
国公立医医の志願倍率は平均4.3倍と国公立大の全体平均2.8倍より高いため、B判定以上の受験者が少なく、D判定以下の受験者が多くなる。そのため、国公立医医では他の学部に比べて、同じ判定偏差値でも合格者平均偏差値や最下位合格のラインが下がる。つまり、医学部は倍率が高く、D判定の受験者・合格者が増えることから、学力レベルと比べて判定偏差値は高い値となる。
都立高校のトップ3の倍率は1.5倍を下回る。この倍率の場合、合格可能性定義(A:80%〜E:20%未満)での合格者分布と定員が整合しない。逆に、A判定100%として他の判定の合格率を上方修正すると、受検倍率と定員が整合する。よって、「都立高校受検でA判定なら合格率100%」はロジックとしては正しい。
中学入試の最難関の筑波大附属駒場中(筑波大駒場中)は志願倍率5.5倍であり、再合格率は42%となる。これは他の難関中学(50〜60%)より高いが、「筑波大駒場中の合格は運」と言い切るほどではない。「筑波大駒場中の合格は運の要素が他の難関中学より大きい」が妥当な表現。
1. 医学部の判定偏差値はなぜ高いのか?
過去に共通テストリサーチを使って色々な分析をしてきましたが、国公立医学部医学科(医医)が想像するよりもポジションが悪い分析結果に何度も直面しました。
そこで、共通テストリサーチからの分析結果と国公立医医の判定偏差値が逆転する仕組み、つまり「国公立医医の判定偏差値が、学力レベルや難易度以上に高くなるのはなぜか」を、模試判定の合格者推定モデルも用いて考察してみます。
比較分析するのは、東大理一と駿台模試・合格者目標ライン偏差値(A判定80%相当・2023年7月調査)が同じ68の名古屋大・神戸大・大阪公立大・東北大の医医(以下、偏差値68医医)です。あわせて、共通テストリサーチ分析で最下位合格ラインが一番下だった高知大医医も比較に加えます。
これらについて、主要指標を並べるとこの表になります。受験者と合格者の構成は、今回作った模試判定モデルに加えて、実際の共通テストリサーチの判定分布(直近5年平均)も併記しています。
東大理一(ブルー)、偏差値68医医平均(グリーン)、高知大医医(オレンジ)の3つの列を比較していきます。模試判定モデルのA:B:C:Dの比率は、国立一般モデルでは駿台全国模試の成績表サンプルから計算した平均値を採用し、国公立医学部モデルでは共通テストリサーチの国公立医学部の平均値を採用しています。
まず、2024年度入試の志願倍率を見ると、東大理一 < 偏差値68医医 < 高知大医医となっています。
この倍率の高低に起因して、B以上の受験者構成比と合格者構成比は、東大理一 > 偏差値68医医 > 高知大医医となっています。一方、D以下の受験者構成比と合格者構成比は、B判定以上の逆になり、東大理一 < 偏差値68医医 < 高知大医医です。ここから、倍率の高い国公立医医は大量のD判定受験生が受験しており、D判定やE判定の合格者が多いことがわかります。
最後に合格者平均偏差値と合格目標ライン偏差値の差を見ていきます。最下段の赤文字のセルです。数値の凸凹はありますが、基本的な傾向として、東大理一 < 偏差値68医医 < 高知大医医となっています。倍率が高くなると判定偏差値に対する合格者平均偏差値の差は拡大する(下振れする)と言えそうです。
では、倍率が上がると判定偏差値と合格者平均偏差値の差が拡大するのは、どのように起こるのかを考察してみます。この考察にあたり、国公立大の平均倍率2.8倍の国立一般モデルの分布と、医学部の平均倍率4.3倍での医学部モデルの分布を比較してみます。
受験者倍率と判定合格率と定員を整合させると、表2のようになります。これをグラフにしたのが、グラフ1です。これらを見ると、国公立一般に比べて、国公立医学部はD判定とE判定に受験者が厚くなり、D判定とE判定の合格者の比率が高まる(18% vs 28%)ことがわかります。その結果、合格者の平均偏差値はD判定・E判定の合格者によって下に引き下げられています(A判定差 -3.5→-4.9)。
上記はそれぞれの平均倍率で分析しましたが、倍率を変えると合格者平均偏差値がどう変わるかを計算するとこのようになります。
前回記事でも分析した通り、合格者平均偏差値とA判定偏差値の差は、国立一般で倍率2.5〜4.0倍であれば-4程度です。医学部は分布の差から一般学部よりギャップが0.4ほど大きいところに、倍率が高まることで、ギャップは5〜6拡大するようです。
これまでの考察をまとめると、以下のメカニズムで、国公立医医は倍率が高いことに起因して、合格者平均偏差値や最下位合格ラインと比べて、A判定やB判定の判定偏差値が高く設定されると考えられます。
国公立医医は定員が少ない
医者の人気は根強く、医者を志望する受験生は多いため、国公立医医の倍率は高くなりやすい
倍率と判定の合格可能性と定員の整合を考えると、国公立医医の受験者は同レベルの他の大学・学部に比べて、B判定以上が少なく、D判定以下が多くならざざるを得ない。
その結果、国公立医医の合格者もB判定以上が少なく、D判定以下が多くなる。
そうなると、国公立医医の合格者平均偏差値や最下位合格ラインはA判定やB判定の偏差値に比して、倍率に比例して下がる。
このメカニズムを逆に見れば、学力レベルや最下位合格ラインが同じでも、倍率が高い国公立医医の判定偏差値はより高い数字となる
この傾向は、倍率が大きくなればなるほど拡大する
2. 都立高校受験でA判定なら合格率100%なのか?
高校受験に関するX=旧Twitterで、「A判定以上を取った日比谷受験者は合格率なんと100%。1人も不合格が出ませんでした。これがD判定以下になると全滅です」という記載を見つけました。
もしこれが都立高校受験の実態であれば、模試のA判定80%〜D判定20%という合格可能性の設定は意味があるのか、ということになります。
そこで、都立高校と模試判定の関係を、都立進学指導重点校でサンプル分析してみます。具体的には日比谷(倍率1.32倍)を軸に、倍率最大の青山(1.81倍)と倍率最小の八王子東(1.25倍)を取り上げます。なお、模試判定モデルのA: B:C:Dの比率は、子供の模試成績表データ4件、東京高校受験主義さんのブログにあった5件から算定した平均値(1.0:1.0:0.5:0.5)を用います。
まず、これらの倍率と判定分布比率を模試判定モデルに投入してみます。すると、この表のように、青山高校以外はD判定までの累計で定員100%を超えてしまい、E判定の受験者数がマイナスになってしまいました。
一般的なA判定:80%〜D判定:20%の定義では、適用できる倍率に下限があります。例えば、1.25倍×80%=定員100%なので、1.25倍を下回るとそもそも成立しない仕組みになっています。倍率が1倍台で倍率と判定合格率と定員を整合させるには、判定分布をかなりA判定に寄せるか、それぞれの判定の合格率を上げる必要があります。
そこで、まずは分布を変えてみます。E判定の設定をなくして、D判定を残差で合格率5%として、判定分布を上に寄せてみたのがこの表です。ただし、八王子東と日比谷の残差(D判定)のマイナスは先ほどより改善しましが、まだかなり残っています。
そこで、さらに判定合格率を上げたのが、こちらの表です。東京高校受験主義さんのブログにあったデータを元に、A判定:100%、B判定:80%にしています。
このパターンなら異常値(マイナス)は発生しません。1.3倍くらいの倍率だと、A〜C判定の受験者で大半を占めて、D判定はほぼ受験しない形になります。これは高校受験は浪人できないので、都立高校の受験は保守的になることから、ある程度の合理性があると考えられます。
逆にこの分布を正とすれば、A判定は合格可能性80%の設定でも、実際は合格可能性100%でないと、倍率と定員が整合しなくなります。つまり、「都立高校受験でA判定なら合格率100%である」のはロジカルには正しいと考えられます。ただ、実際には数%の不合格者は出て、合格率95〜99%あたりではないかと思います。
さて、こうなると「高校受験でA判定80%〜D判定20%という判定の定義が間違っている」と思われるかもしれません。でも、そうではなく、国立附属高校や私立高校の受験もカバーすると、A判定80%〜D判定20%は妥当な数字なのだろうと思います。
東京の国立附属や私立の人気校は、倍率が3倍を超えるところも多く、そうした高校には、受験者の分布が散らばって、A判定80%〜D判定20%が成り立つのだろうと思います。同じような見解は、上記のX(Twitter)の中で、東京高校受験主義さんも述べていました。
まとめると、「国立附属・私立も含む高校受験全体では、A判定は合格可能性80%でも、倍率が低い都立高校受験(県立高校も同じ)では、A判定の合格可能性はほぼ100%となる」ということだと考えます。
3. 筑波大駒場中の合格は運なのか?
インターネットのブログなどで、「筑波大駒場中の合格は実力に加えて、運が大きく影響する」というようなことが言われています。受験は多かれ少なかれ運の要素はあるのですが、運が大きく影響するなら、他の中学に比べて、合格者の入れ替わりが大きいはずです。
つまり、この命題は「筑波大駒場中の再合格率は、他の中学と比べて著しく低い」と言い換えられます。そこで、前回に作った模試判定からの合格者推定モデルで、筑波大駒場中と主な難関中学の再合格率を計算して、この命題の検証を行います。
まずは、筑波大駒場中です。志願倍率5.5倍(2024年応募者660人÷定員120人)とかなり高いばいりつです。倍率が4倍を超えているので、大学受験の医学部モデルと同じA:B:C:Dの分布で計算しています。
高い倍率を受けて、受験者におけるE判定の構成が著しく高くなっています。その結果、D〜E判定の合格者が合計34%と1/3となります。こうした合格者の構成でもう一度入試を受ける場合、再合格率は42%と5割を切ります。筑波大駒場中の合格者にもう一度入試を行うと、6割が入れ替わることがわかります。
続いて、主な難関中学の再合格率を見ます。
こちらは志願倍率が2〜3倍であることから、再合格率はほぼ50〜60%になっています。これらの数字と比較すると、筑波大駒場中の再合格率が低いことは確かですが、10%程度の差で著しく低いわけではなさそうです。つまり、「筑波大駒場中学の合格は運要素が他の難関中学より大きいのは確かだが、筑波大駒場中学の合格は運であると言い切れるほどではない」と解釈するのが妥当です。
なお、表7を見ると、A判定の再合格数を合算すると定員の13%になります。筑波大駒場中の定員は120人なので、約15名に当たります。この15名は個人名レベルで見れば、何度入試を受けても筑波大駒場中に合格する受験生と言えます。
筑波大駒場中を受験せずに、開成に進学するのが10名くらいいるとすると男子で合計25名。男女合わせると50名。この50名が中学受験の本当の最上位で、何度受験をやっても、筑波大駒場中・開成中・桜蔭中に必ず合格できるのだろうと思います。そして、それぞれの中学に入学した後は、鉄緑会の最上位クラス常連になって、東大理三や理一に進学していくのでしょうね。
4. 最後に
3つの命題の検証を行いましたが、模試判定を使った合格者推定モデルは、それなりに現実に近い結果が出ている印象です。
次回は地方帝国大の東大合格者推定を検証して、その後に東大の科類の比較分析に移りたいと思います。
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