『青春してね。』
田上 壮希
いつまでも思い続けるのは相手には重いかもしれないけど、思わずにいられないこの思いを軽くすることはできずに、思い続けることが使命かのような毎日を過ごしてしまう。
千華は僕のものでも何でもないのに
「私しか見てはいけないよ」
と彼女に言われているかのように感じてしまう。
この前の練習試合で小学校の頃好き同士だった莉子と偶然再会してからも、
この気持ちに変わりはない。
きっと。
「もしかして壮君?」
真夏なのに色白の彼女はかつてのように大きな涙袋を作って僕に笑いかけた。
ときめかなったと言えば嘘になる。
五年越しの彼女は小学校の頃にも増して気が合い、
長らく会っていなかったことなど忘れてしまう程に話し込み、いつの間にか笑いあっていた。
彼女といる間は千華のことを忘れていられた。
だが家に帰ると何故か唐突に後ろめたさがこみ上げてきた。
そんな自分が恥ずかしくも情けなくも思えた。
半年前に僕は同じクラスの真原千華に告白した。
綺麗に振られたにもかかわらず、僕はいまだに彼女のことを諦められずに彼女への好意をしつこくない程度に努めながら伝え続けている。
我ながら馬鹿だと常々思う。
限られた短い高校生活で、いつまで僕は叶う保証のない恋に熱中しているのだと。
どこかで折り合いはつけるべきだと自分に言い聞かせながらも、
もうあれから半年がたってしまった。
彼女はこの高校で最も有名な女子陸上部に所属している。
ハードな毎日を過ごす彼女には好きな人が出来る暇すらないそうだ。
入学して以来ずっと仲良くしていた間柄だったからか、
僕を振ってからも変わらない様子で接してくれている。
好きな人がいないのなら悪いようにはしないから僕のものになってくれたらいいのに。
優しい彼女とは対照的に、僕はどこまで強欲なのか。
恋愛は自分の醜さを自覚させる。
新元号の発表があったちょうど翌日、莉子から牧場に遊びに行こうと誘われた。
練習試合の日から続いていたLINEから何となく彼女の僕に対する好意が見て取れていたのだが、そんなことなど気づかない鈍感な男を僕は今まで演じていた。
いい区切りなのかもしれない。
ふとそう思った。
だがそれと同時に諦められる自信のない自分にも気が付いていた。
彼女は僕が新しい恋を探し始めた時に限っていつも僕に優しくする。
彼女に転がされているのか、それともただ足の力がなく転んでいるだけなのか。
情けない自分を鼓舞するように莉子にLINEの返事を送った。
「いこいこ!来週末でいいかな?前莉子が言ってたスタバの新作もそん時飲も」
放課後、掃除を済ませた僕は、明日莉子と行く牧場デートの計画を頭で練りながら、いつものように三階まで階段を上り、部活へと向かった。
渡り廊下を抜けて体育館前を通り過ぎようとすると、突然後ろから声を掛けられた。
虚を突かれた僕はだいぶ肩をびくつかせてしまったようで、その声の主自身も驚いてしまったようだった。
「めちゃびっくりしてるやん」
「いやいや、めっちゃぼーっとしてたわー」
彼女は微かに笑い、一呼吸おいた。
「最近なんか楽しそうだよね」
彼女の言葉に棘なんてないのにその言葉は妙に胸に応えた。
「ほんま?そんなことあるかなぁ」
「そんなことあるある!!田上はさ、私の分まで青春してね。」
努めて笑顔で話す僕に彼女はおどけながらそう言った。
彼女からしたら何気なく放ったその言葉は僕の心を無慈悲にも砕いた。
その後なんて返事をしたかは覚えていない。
最後に言われた「部活頑張ってね」で今なお舞い上がっている自分にただただ失望した。
真原 千華
部活の指導が辛いのは自分が弱いせいなのか。
期待をかけてもらっていることは痛いほどわかる。
ただ、走らなくてはいけないという強迫観念にかられる自分が怖い。
「走れんかったらお前は何が出来るんや」
この言葉が頭から離れない。
ずっと。
「田上最近小学校の頃の同級生といいかんじらしいよ」
「そうなんだ。」としか初めは感じなかった。
でも時間がたつにつれ何故か段々と寂しさがこみ上げてくるのを感じた。
きっと私はずっと彼が自分を好いてくれると勘違いしていたのだ。
傲慢な私は彼との変わらぬ関係に安住していた。
その気持ちは部活の辛さが増せば増すほどに肥大した。
何気なく彼に何振りかまわず話を聞いてもらっていた自分に気づいたのは彼が少し遠くなってからだったのだ。
「失って初めてその大切さに気付く」
言い古されたその言葉が初めて身にしみて感じるようになった。
誰かに話を聞いてほしかったが真剣に部活の相談をできる友人など、周りを見渡しても誰もおらず、周りには笑顔という手形無しではつながれない人間で溢れていた。
トラックに向かうため更衣室を出たところで田上が向こうからゆっくりと歩いてくるのが見えた。
隠れる必要など何もないのに何故か反射的に更衣室へと入りなおしてしまった。そして頬が熱くなるのを自分でも感じた。
何かがおかしい。
そんな自分から目を背けるように、もう一度勢いよく扉を引いて外へ出る。
「田上!」
段々と遠のいていく彼の姿が妙に切なくて思わず声が大きくなってしまった。
振り向く彼の顔はまるで私のことを知らない人のものに思われぞっとした。
その恐怖の後を追うように込み上げてきた悲しみは私の頭に「終わり」という三文字を突きつけた。
思わず口に出た言葉は「青春してね。」
会話を終え、階段を上がっていく彼をしばらくその場から眺めていた。
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