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『台所珈琲の手びき』の「はじめに」

こんにちは。余白珈琲です。小さな海町の坂の上、夫婦でコーヒー豆屋を営んでいます。日々せっせと豆を焼き、遠くの人には郵送で、近くの人には歩いて届けています。食事や散歩、生活そのものが好きです。毎日食べている粥やみそ汁のような、質素で温かな商いが好きです。

もとをたどれば、2013年の秋、いろいろあって焙煎機を買いました。2014年に開業、2015年に廃業。2016年に再開して、妻と出逢いました。そこからはふたりで、この小さな店と共に、その日その日を愉しくやっています。

今振り返ってみると、ひとりで店を始めたとき、私はいつも何かに憧れていたような気がします。たとえば、非日常の空間で飲むコーヒーには、ほんのひととき、別の自分でいられるようなおいしさがありますが、背伸びして、そのような美しさばかりを投影していました。家で飲むコーヒー豆を届けているはずなのに、生活感はこれっぽっちもなく、自分の生活もめちゃくちゃでした。

ふたりで店を続けているうちに、そして、目の前の生活を積み重ねているうちに、非日常の味への憧れは自然と消えていました。かわりに、身の丈にあった生活の愉しみを見つけるたびに、届けているコーヒー豆もまた、生活感あふれるものになり、それを飲む時間は、私たちにとっても大切な愉しみになっています。何か強い意志を持って、そのように移行したというよりは、風に吹かれたような、気持ちのよい流れに乗ったような気分です。

この本の題にした「台所珈琲」とは、そのような生活のなかで見つけた、生活になじむコーヒーのことです。家の味の愉しさやおいしさ、生活のことやコーヒーのことを考えていると、いつもすぐに「人それぞれだよな~」という壁に行き当たりますが、改めてひとつひとつの線をなぞるような気持ちで、文や絵にしてみました。

そういえば、ふたりの店になって少し経ったある日、ふと思い立って、「のれん」をつくることになりました。それまで長らく、店の看板らしいものがなかったのです。とはいえ、老舗のような大きな「のれん」は、とても高価で、あまりにも不似合い。そこで、窓辺に掲げられるくらいの、小さな「のれん」をつくることに。

妻の知人に、刺繍にあかるい方がいらっしゃったので、そのことを相談してみると、なんともかわいいA4用紙サイズの「のれん」を仕立ててくださいました。ホームセンターで買ってきた木の棒を通し、針金を曲げてフックをつくり、焙煎室のカーテンレールに吊るしています。

降っても晴れても、いろいろある日にも、何にもない日にも、今日の風を受け、コーヒーの香りに揺れている。そのしなやかな姿を見ているだけで、なんとなく、やわらかな気持ちになります。本書を閉じたあと、あなたが開く「台所珈琲」が、生活における「のれん」になることを願っています。そのコーヒー、きっとおいしいですよ~ 


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