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コーヒーメーカーの味(台所珈琲の足どり⑤)

子どもの頃、近所の廃墟みたいな駐車場の、割れっぱなしになっているガラス窓をくぐり抜けると、建物とのあいだに、子ども3人分くらいの細長いすき間がありました。そういった小さなすき間は、町の中にぽつぽつあって、勝手ながら、秘密基地的な想いで入り込むことがありました。

特に何をするわけでもなく、なんとも無意味な時間を過ごすのですが、そのうちに、また来るときまでの自分の印のようなものとして、プロ野球チップスをひと袋、置いて帰るようになりました。欲しいのはオマケのカードなので、チップスはいつも余りがちだったのです。次に行ったとき、置き去りにしたチップスがあるだけで、その場所が「自分の場所」のように感じられて、いっそう居心地よく、単調だったはずのチップスの味さえ、いつもよりおいしく感じられたものです。

そういう経験は、そのあとも、大人になっても、形を変えてくり返されています。はじめて自分の部屋ができたとき、入れるものなど無いくせに、マイ冷蔵庫に憧れてみたり、バイト先の戸棚に、歯磨きセットやお茶っ葉や急須を置いてみたり。一種の生活感というか、生活の印みたいなものを置いていると、そこがどこであろうと、なんとなく安心するのかもしれません。

コーヒーメーカーのことを考えていると、ふと、そのような気持ちを思い出します。生活のにおい、居場所、安心感。


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