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余白と潜水艦

――以下、『ペーパー余白』号外(第二版)の発行にあたり、号外(初版)にも載せた「余白と潜水艦」を再び書いたものです。

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 店の名前を「余白」にすることと、その店のシンボルに潜水艦を描くことは、ほとんど同時に浮かんできました。いろいろな選択肢の中から、最終的にひとつに絞ったというものではなく、店のことをイメージしたときに、この余白と潜水艦の世界がふわっと、煙のように立ちのぼりました。それは、いつもずっとそこにあったような、よく馴染んでいる風景に思えて、今でもすごく気に入っています。

 このシンボルマークは、2012年の秋、喫茶店の窓辺の席でノートに描きつけた絵がもとになっています。潜水艦を描くと決めたものの、実際に見たことはなかったので、インターネットで検索してみたり、図書館で本を眺めたりしましたが、何隻描いてみてもしっくりこない日が続いていました。

 その日はちょうど休日だったので、なんとなく海辺の街に出かけました。ほがらかな秋晴れの日で、風も心地良く、ふらふらと漂うにはちょうどいい天気でした。街角で偶然見つけた喫茶店に入り、日当たりのよい窓辺の席に座り、ブラジルのコーヒーを飲みながら、ふと、上手に描くのではなく、自分の中にあるイメージをしっかり描いてみようと思い、一応持ってきていた小さなノートに、鉛筆でさっと描きました。潜水艦というより、どことなくクジラにも見えて、コーヒー豆にも見えて、陽気に笑っているような感じもあって、いっぺんに好きになりました。

 ところで、どうして潜水艦なのかといえば、「潜ること」「再び浮かぶこと」が、コーヒーにはぴったりだと思ったからです。小さく生きているだけでも、本当にいろいろなことがありますが、嫌な空気に押されて「沈む」のではなく、自らの意思でちょいと「潜る」、ひと息ついて、またぷかぷかと「浮かぶ」。このくり返しを、なるべく愉快に、なるべく優しい気持ちで過ごせるように、しみじみおいしいコーヒーでもどうぞ、そんな感じです。

 そして、「余白」という名前。これは、「思い通りにはいかないこと」という意味で付けました。毎日、いろいろなことを思い描いて暮らしていますが、すべてがその通りにいく日などありません。かならず「余白」が生じます。身のまわりのことであっても、自分には「どうしようもないこと」ばかりです。大切なのは、それらを無理やり塗りつぶしてしまうことではなく、なんとか折り合いを付けてやっていくことだと思っています。

 「余白」はたしかに厄介です。めんどくさいし、できれば何事も順調に進んで欲しいのが本音です。それでも、どうしようもなく訪れる「余白」の波に、ざぶんと潜ってみると、不思議な旅が待っていることもあるでしょう。何より、「縁」というものは、そのような厄介な場所でしか見つからないものだと思っています。

 まあ、コーヒーでも飲みながら、なんとか愉しくやっていきましょう。いろいろある日々に、なんにもない日々に、ひと息どうぞ。


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