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2023年2月8日

少し前の話になるが、ラグビーNTTリーグワンの試合で横浜キヤノンイーグルスが今期も負け知らずの王者・埼玉ワイルドナイツをゴール前のペナルティキック(PK)からのサインプレーで翻弄し、トライを取る場面があった。堅守を誇る埼玉の選手に一指も触れられることなく奪ったこのプレーを初めて見たときは、一体何が起きたのかがまったく分からなかった。意表を突いた一瞬の出来事だったのだ(試合のハイライト動画はリーグワンのサイトで公開されている)。

先週末、このプレーを論じたスポーツライター大友信彦氏の一文を読んだ。過去四半世紀もの長い間、まったく意識していなかったことに気づかされ、少し恥ずかしくなった。

ゴール前でPKを得たときはラインアウトを選ぶというのが現在のラグビーの王道である(場合によってはスクラムないしペナルティゴールを選択する)。トライを取れる確率が比較的高いためだ。
横浜が件の場面で選んだのは、反則地点でのタップキック(ボールに足を軽く触れる行為)で試合を再開するというものだった。かつては良く見られたプレーであるが、言われてみれば確かにずいぶん前からあまり目にすることがなくなっていた。タップキックを選ぶのは相手の守備陣形が整っていないのを見て速攻を仕掛ける場合にほぼ限られるというのが現状だ。
意を決したフォワードのいかつい男がタップしたボールを抱えてゴールラインへ突進するという熱い光景は、大学ラグビー全盛期の試合でよく見かけたものである。そうした場面がほとんどなくなったのは、1990年代半ばに行われた3つのルール改正が原因であることを大友氏はわかりやすく説明している。

3つとは(1)PKでタッチに蹴り出した後のラインアウトが相手ボールとなるルールが、自軍ボールにとどまるルールに改められた(2)トライが4点から5点に引き上げられた(3)ラインアウトで捕球する選手を持ち上げるリフティングが実質解禁され、攻撃を継続できる確率が高まった――である。
ルール改正の結果、タップキックでの試合再開は「ギャンブルプレー」となり消滅。「かつて観客の熱視線を浴びた『ゴール前PKのスペシャルムーブ』は過去の遺物、絶滅危惧種」となった次第だ。

この説明になるほどと頷くとともに、歴史を知ることの重要性を改めて感じた。現在では自明となっている「ゴール前PK→ラインアウト」という流れは普遍的なものでは決してなく、今後ルールが改められれば変化し得る。共時的に見ていたのでは見えない事柄が、通時的に見ることで初めて浮かび上がってくるということだ。歴史の隠顕の作用は独・欧州の現在の出来事を読み書きしていて常々、感じている。

今回のサインプレーを考えたのは横浜の沢木敬介監督である。かつてサントリーでともにプレーした東京サンゴリアスの田中澄憲監督は、「面白いですよね。昔のラグビーみたいで」とコメントしたという。
横浜のサインプレーに刺激を受けて他のチームも「過去の遺物」を見直し戦術に組み込むようになれば、ラグビーの楽しさが一段と増すのは間違いない。歴史は現在の理解に役立つばかりでなく、未来のヒントにもなり得る。

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