星野源 『光の跡』────終わりに向かい残る光の導
早かったようで長かったような、長かったようで早かったような、振り返れば色々とあったという人生の基本事項のようなことを感じる2023年も終わりの支度を始めている。
12月27日に星野源の新曲『光の跡』がリリースされた。アニメ『SPY×FAMILY』の劇場版映画エンディングテーマとして制作された楽曲で、同じくテレビ版のエンディングテーマとしても起用されていた『喜劇』の続編として新しく作られた。
「ふざけた生活はつづくさ」と歌われ"続くこと"がテーマだった『喜劇』に対して、今作の『光の跡』では「終わりは未来だ」と、"終わりゆくこと"をテーマとしている。
絶望が付着した時代の生活にも見出すほんの少しの幸せを歌うのが『喜劇』だとすれば、『光の跡』は希望と絶望のどちらにも棲み分けられない生きていくことの最大限の虚無と無力感を纏っている。星野源が「しんどかった」と語ったこの数年の思いが楽曲の端々に、特に歌い出しの歌詞に詰まっている。
「どうせ人はいつか死んでこの世界もすべていなくなるのにこの時間も生きることもすべてなんの意味があるの?」、はたと立ち止まった時に心の底からじんわりと染み出してくるその疑問と無力感は生きていく気持ちにストップをかける。
星野源が「この歌詞が書けなかったら(精神的に)やばかった」と語ったその真意はとても分かる。同じような気持ちを特にここ数年は感じながら生きていたから。コロナや戦争、どんな時代になっても、どんな苦痛を分けあっても、命の価値は変わらず、無作為な人の手によって命は奪われ、同時に自分がただ生きていることで同じように誰かの命や自由を奪ってしまう。
そしてどんな希望が歌われようと、どんな優しさが広がろうと、社会はずっと同じ周回軌道上でぐるぐると回り続ける。ここからどうにか這い出ようと思っても、この社会の重力には逆らえない。ただ一つこの世界に存在する「人は死ぬ」「すべて無に還る」という事実にだけ思考が辿り着く。
なんの意味もない。今日ちょっと仕事を頑張るのも、今日誰かに好きだと告げるのも、金を稼いで偉そうにするのも、いい人になろうとするのも、虚勢も正しさも強さも、いずれすべて無になるのだ。何にもならない。
思えば幼い頃から死んでしまうことが怖くて、白でも透明でもなく「何もなくなる」ということが理解できなくて、自分が生まれる前のこと、自分が死んでしまった後のことを考えては泣いて何度も親を困らせたことがある。
それは大人になってミイラ展に行った時にも同じことを感じたことがある。何千年も昔のたった30年そこらの誰かの命の跡をただ眺めて、長い歴史の中の短い一瞬を地球という星で人間としてこの肉体を扱って間借りしているだけの存在なのだという事実を実感する。
大盛況だったミイラ展の途中でそんなことを思って唐突にあまりに怖くなって泣き出して、途中退室して当時付き合っていた恋人を猛烈に困らせてしまったことを思い出した。情けないが生きることを凝視することはとても怖い。
だからこの世界を、この社会を、俯瞰するように世界の外側を走る電車の車窓から流れゆく景色を眺めて生きてきた。なるべく何にも触れないように、何も大切に思わないように、何にも心を寄せないように生きてきた。終わる時に寂しく思わないように、誰も寂しく思わせないように、無関心に、そうして生きてきたつもりだった。
それでも生きていると大切に思う人に出会ってしまう。このままどうか残してほしいと思うような瞬間に出会ってしまう。忘れたくないと心で叫びたくなるほどの感情を抱いてしまう。
雨上がりの晴れた朝の空気が鼻から体を抜ける感覚、大切な人と心を渡し合って抱きしめあった夜のこと、初めてバンドで演奏をした瞬間、空に上がった花火を見上げたあの人の横顔、手を繋いで越えた水たまり。
それぞれの人生の心に残るそれぞれの煌めき、幼い頃の自分から点々と残る記憶を星のように並べて繋いで、そこに浮かび上がる星座にこそ生きてきた自分の人生の証明になるのではないかと思った。
人は必ず生まれたら死んで朽ちて消えていく。それはこの世で唯一平等に「正解」として均等に与えられている。地球も宇宙も必ず終わりがやってきて、その日を僕らはきっと目にすることはできない。その生と死とが、始まりと終わりとが一本で結ばれた人生という旅の中で、この寂しさと向き合いながらどう生きていけるであろう。まだ分からない。
自分が何者であるかはいつになっても分からない。職業、役職、地位、成績、順位、国籍、性別、様々な言葉で僕らは自身を定義しようとしてきた。でもそんなものもこの世が終わればすべて無意味だ。じゃあそこに残るものは、自分が自分たらしめるものは、自分が自分の二つの目で見た瞬間のこと、一つの心で生まれた感情のことでしかないのではないかと思う。
他人にとっては意味や価値の見えないような「見つめ合う」、「無為が踊る」「手を繋ぐ」そんな瞬間のことを自分がただ愛していくだけなのではないかと今はそう思う。きっと答え合わせはあの世についてからだ。
どうせいつか消えてしまうのであれば何をしたって無意味だ。そう感じてしまう日々もある。だけど同時に、どうせいつか消えてしまうのであれば今の愛おしさを大切に生きてくのもいいのではないかと感じる瞬間もある。
今はまだその寂しさと虚しさと愛おしさが複雑に絡み合って心が虚無になってしまうこともあるが、それでも星野源が書いた『光の跡』という曲がある限り、自分の中にある大切な気持ちをいつでも思い出せる。
「出会いは未来だ」
その言葉を信じてただ明日を生きる。波が日を受けてキラキラと輝く光跡のようにいつまでも心に残り続ける。そんな気持ちを集めて。いつかきっと僕らも光跡になるのだから。
星野源のオールナイトニッポン、『光の跡』の感想回があまりにも良くてリスナーからのお手紙で涙をボロボロ流してしまったので、ぜひ聴いてみてください。
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