見出し画像

平塚まで、オールスター競輪の決勝戦を見に行った。片道8時間の18キップ旅で、朝出発し到着したのは午後5時前。ナイター開催だったから11レースあるうちの後半半分以上は観戦できた。最終レースで中穴が当たり、久しぶりのプラス収支で気分は良かったが、競輪場は夜になってもとても暑く体力は消耗した。8時間乗車の疲れも重なり最後はヘロヘロだった。平塚駅近くに宿をとった。コンビニで発泡酒とつまみを買って飲んですぐに寝た。翌日はまた8時間かけて帰るだけだった。

ただ、折角、湘南に来たのだから海は見て帰りたいと思った。湘南で見た葭簀の君は。夏と言えば海、海と言えば湘南。大衆文化を通してイメージだけは植え付けられているのに、実際に見たことは一度もない、湘南の海。

平塚競輪場も湘南バンクという愛称をつけ湘南をアピールしている。大きなレースだったから、レースの合間にはいろんなアトラクションもあった。その中にDJタイムがあって、湘南っぽい曲がいろいろ流されていた。(後で確認したらマーク・パンサーという有名人がDJをやっていたらしい。)いまどきの湘南には暴走族とかヤンキーのイメージもあるのだろうか。DJタイムで流れた曲の歌詞がそういう感じがしたので、スマホで何て曲だろうと検索したら、湘南乃風のヒット曲だと分かった。聴いたことはあった気がする。ほとんど三木道山な感じで、これじゃ岸和田じゃないか、と思ったのだった。都会からちょっと離れてて、海に近くヤンキーの多い地域。もしかして、湘南って岸和田みたいなものなのか。(三木道山は岸和田とは無関係のようですが、競輪つながりで何となく。)

自分のイメージする湘南はそうではない。湘南乃風よりサザン。古くはブレッド&バター。ちょっとバタ臭く、都会的な匂いを含んだ(元)若者文化を感じる海岸。湘南ってそういうのんとちゃうの?ということで、ほんとの湘南海岸はどうなのか確かめに行ってきた。

平塚市内にも近づける海辺はあるようだが、駅から歩くとかなり距離がありそうだった。18キップの旅、途中下車はいくらでもできる。地図を見ると平塚の隣駅は大磯だった。駅から海岸も近そう。大磯といえば、大磯ロングビーチ。芸能人水泳大会。ここならきっと湘南の海を感じられるに違いないと降りてみた。


到着したのは11時前くらい。少し雲はかかっていたが、強烈に暑かった。東海道線の長いホームに、パラパラと海水浴に向かうらしい客が降りていた。お盆過ぎでピークは過ぎたのだろう。もう少し前の時期ならもっと多かったのではないか。駅舎はレトロで味わいがあった。すでに裸に近い恰好をした若い女の子二人組が「ロングビーチ行きのバスどこですか」と駅員に訪ねていた。この二人は岸和田にもいそうな感じだった。大磯ロングビーチはバスに乗らなければいけないくらい離れているのは昨日チェック済みだった。わざわざバスまで乗るつもりはない。とりあえず、近場の海岸に歩いて行くだけにした。海水浴スタイルの客たちの多くはバス方面に向かった。

駅から出てすぐに観光案内所があった。海に行きたいんですが、と尋ねると、女性の職員さんが観光地図を持ってきてくれて道順を教えてくれた。大磯ロングビーチは浜辺ではなくプリンスホテルのプールのことだ、というのはここで教えてもらった。そりゃそうか。水泳大会プールでやってたもんな。久しぶりの訪問者だったのだろう、職員さんは、ちょっと嬉しそうだった。どこから来られましたか?と訊かれたので大阪ですと答えると「藤村忌が近いので」と島崎藤村団扇をくれた。ここが藤村ゆかりの地だというのも全然知らなかった。競輪場でもらった団扇もあったが、ありがたくもらっておいた。地図を見ると、周辺には近代史上の重要人物らの旧宅跡がいろいろあるようだった。


海岸まで緩やかな坂道を下りて10分くらい歩いた。途中、コンビニで冷茶を買った。疲労の蓄積もあり、暑さも強烈でふらふらだった。海までは携帯日傘をさして歩いた。日本で最初の海水浴場、という案内が目に入った。視界を遮っていた防波堤が途切れ入り口になっていた。入るとすぐ砂浜。海岸にそって高架道路が走っていて、最初はイマイチな景観だなと思ったが、高架をくぐると一気に視野が広がった。海に向かって右手には防波堤が突き出ていて、その向こうは漁港になっているようだったが、反対側はかなり遠くまで砂浜の海岸線が続いていた。水平線の向こうには何も見えない。おお、思わず声が漏れた。

「今日は遊泳可」という看板がかかっていて、営業中であることは分かったが海水浴場としてはさびれた雰囲気であった。やっているのかいないのか分からない感じの海の家が一つ二つ。あとはただ砂浜がひろがっているだけ。砂浜は全体に灰色でそれほどキレイではなかった。流れ着いたゴミを小型ブルドーザーを使って掃除している人たちがいた。それもシーズンの終わりを感じさせたが、シーズン中でもそんなに派手な海水浴場ではないのだろうか。


海面の様子を眺めると、何人もの人がサーフィンをしていた。サーフィンをしている人を生で見たのは生まれて初めてかもしれない。さすが太平洋、波もちゃんと高い。これはまさにイメージしていた湘南。かなり嬉しくなった。サーファーたちは年齢層が高めだった。それにもちょっと驚いた。だいたい40代以上には見えた。黒いウェットスーツに板を抱えて濡れた長髪をかきあげながら海から上がってきた来た男性三人組がいた。自分と同世代か、ちょっと上か。浅黒く日焼けした顔に、軽く伸ばした髭。若い時からずっと波に乗ってきました。遊んでもきました。俺たちは「あの頃のまま」さ、と語っているかのような、明るく、でもちょっとけだるい表情だった。

前日の競輪場DJタイムでは、桑田佳祐「波乗りジョニー」もかかっていたな、そういえば。波乗りをする世界ってホンマにあるんやなぁ、まぁ、そりゃあるか、あるから、ああいう歌とかもあるんやからな、そりゃそうか、と確認しながら、しばらく中年サーファーたちの様子を眺めていたのだった。

で、どうするか。今回、一応海パンを持ってきていたのだ。毎年、夏になると海水浴に行きたいという気持ちがわくが、実際に行くことはない。いろいろハードルが高い。せっかく夏の湘南に行くんだから、チャンスがあれば海に入ってやろう、と思ったのだった。とはいえ、18キップ旅のポイントは荷物を少なくすることだから、海パン一枚だけで他の用意は何もない。

全体としてはサーフィンをしている人が中心なのだが、防波堤に近い一角は一般海水浴エリアみたいになっていて、親子連れが何人か遊んでいた。親はTシャツを着たまま海に入り、子どもだけ浮き輪で泳がせている、という組がいくつか。足だけ水につけて遊んでいる若いカップルが数人、という感じだった。その中に、腹の出た生白い肌のおっさんが一人入っていくのはいかがなものか、それはもう気にしなくていいか、でもちょっときついか。というよりシャワー施設はどこかにあるのだろうか。うーん、と悩んでいると、ナントカパトロールと書かれた色あせたオレンジのTシャツを着た若者が目に入った。監視員のバイトのよう。ちょっと聞いてみたら、監視塔の近くにちゃんとシャワーはあるらしい。「海、入りますか?」ときかれ「どうしようか迷ってます」と答えると、「もし入るんでしたらですね、防波堤の近くは潮の流れが速いんで注意してください。あの岩の当たりも足場が危険なので注意してください」とアドバイスをくれた。マニュアルで決まっているのだろう。さっきの観光案内所の人と同じで、久しぶりの「仕事」でちょっと嬉しそうだった。

シャワー施設を見てみる。無料で使えるオープンなもの。海岸から50メートルくらい距離はあった。バスタオルもないのにどうやって着替えるか。公衆便所があったから、あそこでいいか。でも、ビーチサンダルもない。海からここまでどうやって歩くか。砂浜ではあるが、貝殻や漂流物があって裸足ではちょっと危なそう。今はいているのは、安い履きなれたスニーカーで、濡れた足を突っ込んでつっかけてきてもいいっちゃいいけど、このあと8時間、18キップの旅があることを考えると、半乾きの気持ち悪い状態で耐えるのはちょっと辛いか。ビーチサンダル持ってくるべきだったな。やっぱあかんか。高架道路の下の日陰で座り、海を見つめながらいろんな可能性を考え続け、結局、やっぱやめておこう、という結論になった。「湘南の海に入ったことのある人生」になる最後の機会だったのかもしれないぞ、いいのか、それで?としばらく後悔は続いたが…

結局、海パンの出番はなく、大阪に戻ってきた。湘南の海には確かに「湘南」があった。自分には縁のない湘南が。「湘南の海に入ったことのない人生」は、明日も続く。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?