令和6年司法試験 民法 再現答案
第1 設問1(1)
1 ア
(1) AはCに対し、所有権に基づく返還請求権としての土地明渡請求権に基づき、建物収去土地明渡請求を行っている。これに対し、Cとしては契約①に基づく賃借権という占有権原があるとして占有権原の抗弁を主張する。賃借権に基づく占有正権原の抗弁の要件事実は、賃貸借契約の締結とこれに基づく引渡しである。本問では、BC間の土地賃貸借契約及びこれに基づく引き渡しはあるが、甲土地はAの所有物でありBには何らの権限もないから他人物賃貸借となる。他人物賃貸借であっても当事者間では有効(560、601)であるが原則として真の所有者に対抗することはできない。真の所有者の追認があれば、契約時に遡ってBに賃借権を設定する権限が与えられることになり、Cは所有者に対抗しうる賃借権を取得することになり、契約当初から真の所有者に対抗できる賃貸人B賃借人Cを当事者とする賃貸借契約が成立したとして扱われることになるが、本問ではAがCに対して土地明渡を請求している時点で追認する可能性はない。そうするとCの賃借権は真の所有者には対抗できないから、Cの反論は認められないとも思われる。
(2) もっとも、本問では他人物賃貸借の賃貸人Bが死亡し、Bの父であり唯一の相続人(892条、896条、889条1項1号)である真の所有者Aが、賃借人の地位を承継しているから、追認を拒むことができないのではないか問題となる。
ア 相続という偶然の事情で相手方が不当に利することは相当ではなく、相続人と被相続人の地位は併存するものと考えるべきである。ここで、本人が無権代理人を相続した事案において本人が追認を拒絶することは禁反言に反するものではなく信義則に反するものではないとして、信義則に反する特段の事情がない限り本人は本人の地位をもって追認を拒絶できるとした判例がある。本問は他人物賃貸借の事案であり判例の事案とは事案を異にするものの、無権代理と他人物賃貸借は事故に代理権があると偽るか事故の物と偽るかという差こそあれ、他人の物を無断で処分するという性質に変わりはなく、本人の覚地しないところで行われ本人に重大な損害を与える可能性があるという点に変わりはない。したがって、他人物賃貸借の事案においても、本人に信義則に反する特段の事情がない限り追認を拒絶できると考える。
イ 本問ではAの息子Bが無断でCと賃貸借契約を締結しており、土地についてもAは自分名義の登記を有していたのである。また、CはBのAから贈与されたという言葉を軽率に信じ、AとBの親子関係があるといえども登記がAのままという重要な部分に疑いをはさむ余地があったのに放置しており、AはCから問い合わせを受けたなどの事情も一切なく、信義則に反する特段の事情はない。
ウ したがって、Aの追認拒絶は許される。
(3)よって、相続によってもBC間の賃貸借契約に基づく賃借権はAに対抗することができず、Cはアの反論によって請求1を拒むことはできない。
2 イ
(1) 次にCとしては、契約①に基づく300万円の損害賠償請求権を被担保債権として、300万円の損害賠償を受けるまでは甲土地の占有権原があるとして留置権(295条)を主張することが考えられる。
ア では、「その物に関して生じた債権」の要件を満たすか。留置権の趣旨は、物を留置することにより債務者に心理的圧迫を加えることで債務の弁済を間接的に促すことにあるから、物と被担保債権の牽連性が必要とされている。そこで、「その物に関して生じた債権」といえるかは、引渡請求権の請求権者と被担保債権の債務者が同一である必要がある。
イ 本問では、土地の引渡請求権者はAであり、被担保債権たる損害賠償請求権の債務者はBであり当初は同一ではない。もっとも、Bの死亡によりAが債務を承継することで債務者がAとなっているから牽連性要件を満たすのではないか。他人物賃貸借の賃借人を真の所有者が相続した場合には、真の所有者は追認の義務は負わないものの、相続が包括承継である以上、他人物賃貸借の賃貸人の債務不履行責任は負うとされるから、AはBがCに対して負担する損害賠償債務を承継しているといえる。故に被担保債権の債務者はAとなり、目的物の引渡請求権者もAとなり同一といえる。そうだとすれば、原則としては牽連性を満たさないものの、本問においては間接的に弁済を促すことができる関係にあるといえる。
ウ したがって、「その物に関して生じた債権」の要件を満たす。
(2) そうだとしても、Cの占有は真の所有者Aとの関係では、無断の賃貸借により始まったもののであって、「不法な占有により始まっていない」とは言えないから、295条2項の要件を満たさない。[1]
(3)したがって、留置権の成立は認められずCはかかる反論により請求1を拒むことはできない。
第2 設問1(2)
1 ア
(1) 不当利得返還請求権(703条)に基づく賃料の一部の返還請求が認められるか。
(2)ア 賃料は目的物の使用収益の対価であるから、一部滅失等により使用収益ができない場合には賃料が減額される(611条1項)。本問では、令和4年9月11日に丙室で雨漏りが発生し、以後丙室を使用することができなくなっているから、「賃借物の一部が滅失その他の理由により使用及び収益をすることができなくなった」といえる。また、丙室の雨漏りは、契約②が締結される前から存在した原因によるものであって「賃借人の責めに帰することができない事由によるもの」であるといえるから、賃料は、使用収益できない部分の「割合に応じて」「減額」される。またその期間は、同年10月1日に丙室の使用が再開できるようになっていることから、同年9月11日から同年9月30日までとなる。
イ 賃料減額請求権は形成権であり意思表示により賃料減額という法的効果が生ずるものである。本問では一部の使用収益が不能となった令和4年9月11日ではなく、同年10月10日に賃料減額の意思表示をしており、賃料が減額されるべき期間に意思表示をしていないため、10月10日の時点で行使の意思表示をしたとしても、遡って賃料減額の効果が生じないとも思われる。もっとも、賃借人が使用収益不可部分を認識し直ちに通知をすることは素人にとっては容易でなく、これを認めなければ当事者間の公平に反することから、たとえ賃料減額請求の意思表示が賃料減額期間になされなくても、賃料は目的物の使用収益の対価である以上、使用収益ができない状態が生じたときから賃料は当然に減額されると解するべきである。
(3)Dは使用収益できない割合部分については賃料を払う必要がないところ、賃料を全額支払うという損失があり、これによりAは減額されるべき賃料分を受け取っており利得があるから、損失と利得及びこれらの因果関係があり、Dの意思表示により賃料は減額されており減額分についての利得には「法律上の原因」は認められない。
(4)よって、請求2は令和4年9月11日から同月30日までの期間の分の賃料のうち使用収益できない部分の割合に応じた金額の範囲で認められる。
2 イ
(1)DのAに対する必要費償還請求(608条)は認められるか。
(2)「必要費」とは目的物の保存・維持に必要な費用のことをいう。賃貸借契約においては賃貸人が使用及び収益に必要な修繕をする義務を負っており(606条1項)、例外的な場合にのみ賃借人による修繕が認められている(607条の2)。本問ではDは丙室の雨漏りを見つけてAに何らの通知もしないまま工事を行っており607条の2第1号の要件を満たさない。また、丙室の修繕工事を急ぐべき事情はなく「急迫の事情」も認められない(607条の2第2号)から、本来Dは修繕工事をすることができないはずであった。にもかかわらずDの請求を認めると賃借人を過度に保護することとなり妥当ではない。したがって、608条の必要費償還請求は認められない[2]。
(3)もっとも、Dは不当利得返還請求権に基づき30万円の返還を請求することはできないか。
ア Aには本来支出すべき工事の費用に相当する工事の利益を受けており20万円の利得がある。これに対して、Dは工事費用として30万円を支出しているから損失がある。
イ 前述のように必要費は賃貸人が負担するのが原則であり、丙室の雨漏りは契約②前からあるもので「賃借人の責めに帰すべき事由」によって生じたものではない(606条1項ただし書)から、原則通り本問の工事費用はAが支出すべきである。そうすると、AはDの支出により直接利益を受けているといえるから、形式的・一般的に正当視しうる財産的価値の移動が実質的・相対的に正当視しうるものとはいえず、「法律上の原因なく」の要件を満たすといえる。
ウ ただし、本来Aが工事をしていれば適正な報酬額は20万円であり、法律上の原因のない利得に因果関係が認められる範囲は20万円にとどまる。不当利得の趣旨は正義公平にあり、実質的に利得は考えるべきであり、通知すべき義務を怠ったDを保護すべき理由もないからである。
(4)よって、Dの請求は必要費償還請求権に基づいては認められないが、不当利得返還請求権に基づいては20万円の限度で認められる。
第3 設問2
1 IはFに対し、所有権に基づく返還請求権としての土地明渡請求権に基づき、丁土地の返還請求をすることが考えられる。Iの請求が認められるための要件は①原告所有と②被告占有であるが、②は当然に認められる。丁土地はもともとGが所有していたものであり、Hとの離婚に際し財産分与としてHに譲渡されている。そして、IはHから丁土地を買い受けており、Iは甲土地を所有しているといえるから、Iの請求は認められるとも思われる。もっとも、FとしてはGH間の売買が錯誤取消しにより取り消されることから、Iは所有権を失いIの請求は認められないと反論することが考えられる。
2 では、まずそもそも錯誤取消しが認められるか。
(1)95Ⅰ②「基礎とした」あたらないから錯誤の対象とならない
「基礎とした」といえるためには単に相手方にその事情が表示されたというだけでなく、相手方に示されて了解され契約の内容となっていることをいう。
本問ではGHの間でGがHに課税されることを心配して気遣う旨の発言をしたのに対しHが大丈夫という旨の発言をしている。しかし、それ以上のやりとりはなく、Hへの課税が契約の内容となっているとまでは評価しがたい。したがって、「法律行為の基礎とした」ということができない。[3]
(2)そうすると、錯誤取消しが認められない状態でGがFに丁土地を売ったことになるから、Hにすでに譲渡したGは無権利者であってFが権利を取得することはないと思われる。しかし、民法は二重譲渡を認めており、実質的には二重譲渡類似の関係にあり両者は対抗関係にあるとみることができる。FとIは互いに「第三者」(177条)となり登記を具備しなければ、「第三者」に対抗することはできない。本問では登記はHのもとにあり、IもFも登記を具備していない。
3 よって、IのFに対する請求は認められない。
[1] ここで切ってよかったのか、牽連性の判断要件を事後的に行うのに不法占有かどうかはBC賃貸借という事情に基づき判断するので良かったのか
[2] わからん、607条と608条の関係性がわからん。賃借人が修繕できるのは607条に規定されている時だけのはずなのに608認めたらうーんってなって思考停止
[3] 錯誤取消し前の第三者なのかなって思ったけど時間がないし、重要な基礎なのかわからなくて無視した