R6司法試験労働法再現答案

第1問

第1 設問1
1 XはY社に対し、法定時間外労働についての割増賃金(労働基準法(以下「労基法」という)37条1項)を請求しているが認められるか。
(1)Xが「監督若しくは管理の地位にある者」(労基法41条2号)に当たれば、「この章…で定める労働時間…に関する規定」が適用除外となる。では、Xはこれに当たるか。
ア 同号の趣旨は、重要な職責を持ち労働時間規制になじまない者について、 その地位の特殊性ゆえに諸規制を適用しない点にある。
そこで、肩書きの名称にとらわれず、実質的に判断すべきである。具体的には、①労務管理上使用者との一体性があり、②労働時間の管理につき裁量が認められ、③その地位にふさわしい処遇を受けている場合に、「監督若しくは管理の地位にある者」に当たると解する。
イ これを本件についてみると、Xはスタッフ職であったところ、スタッフ職の所定労働時間は午前8時30分から午後5時30分(休憩1時間)である。Xは月次レポートの精査等の業務がある時間は基本的に当該業務のために少なくとも所定労働時間内はY社内で就業し、午後7時30分過ぎまで業務を行うことがほとんどであった。そのため、この期間は労働時間の管理につき裁量は乏しかった。しかし、これは1ヶ月に8日程度に過ぎず、残りの期間は比較的自由に就業でき、遅刻や早退をしても賃金から控除されなかった。このことから、Xには労働時間の管理につき裁量が認められていたといえる(②)。
 次に、Xの令和5年の年収は1200万円を超え、これはY社の上位6%に位置していた。年収ベースでは、Y社のライン管理職部長に次ぐ待遇で、ライン管理職副部長の平均を上回っていた。そして、これらの者は管理監督者として扱われ、時間外手当が支給されていないのだから、Xは管理監督者と同等以上の処遇を受けていたといえる(③)。
 もっとも、Xは、毎週木曜日に催される管理者ミーティングへの出席を求められず、Y社の営業方針の決定や予算の策定、企業組織や人事制度の構築・改編、労働条件の決定等に関与することはなかった。また、Xはスタッフ職として部下を持っていなかった。そうだとすると、Xは労務管理上使用者と一体性があったとはいえない(①)。
ウ したがって、Xは管理監督者に当たらない。
(2)よって、Xは同条が適用除外とならず、上記請求は認められる。
第2 設問2
1 XはY社就業規則(以下「規則」という)50条1項に基づいて賞与を請求しているが認められるか。
(1)同項は「支給日に在籍し」ている者を対象としているところ、Xは令和6年6月末日に有効に解雇されているからこれに当たらない。では、支給日在籍要件は有効か。労働契約法7条に従って判断する。
ア 賞与は、算定に必要な成績査定がなされることで初めて具体的に発生する。また、賞与は勤労奨励的な性質を持っている。そのため、支給日在籍要件は「合理的」といえる。また、規則は「周知」されている。
イ したがって、規則50条1項は有効であり、XとY社の間の労働契約の内容となっている。
(2)よって、「支給日に在籍し」ていないXの上記請求は認められない。
第3 設問3
1 Xは規則54条本文に基づき退職金を請求しているが認められるか。
(1)同条ただし書は懲戒解雇された者に対して退職金の全部又は一部を支給しない旨を定めているが有効か。賃金全額払の原則(労基法24条1項本文)に反しないかが問題となる。
ア まず、退職金は賃金の後払的性格を有するから「賃金」(同11条)に当たる。
次に、退職金の額は退職時に初めて確定し、退職金請求権は退職時に発生するものである。そして、賃金全額払の原則は、賃金請求権の発生を前提とする原則である。
イ そこで、このような条項も賃金全額払の原則には反しないと解する。
(2)もっとも、常に有効か。
ア 退職金は報酬の後払的性格を有し、労働者の退職後の生活保障という重要な意義を有する。そのため、不支給・減額条項の効力が及ぶのは、労働者の⻑年の労働の価値を抹消又は減殺するほどの著しい背信行為があった場合に限られると解する。
イ これを本件についてみると、Xは酒を飲んだ状態で車を運転し、赤信号で交差点に進入して、車2台を巻き込む交通事故を起こした。飲酒運転は近年問題視されており、このような非違行為は重大といえる。また、Xはその場で逮捕され、新聞やインターネット上のニュースなどで実名報道されている。このことから、Xの行為によりY社の信用が一定程度毀損されたといえる。
 もっとも、被害者2名はいずれも打撲等の軽傷にとどまり、結果は重大とはいえない。また、Xは飲酒運転により人身事故を起こしたことの非を認め、反省の態度を示している。そうだとすれば、Xがこれまで30年にわたって相当程度難易度の高い重要な業務をこなしてきたという勤労の価値の高さも考慮すると、これを抹消するほどの背信行為があったとはいえず、これを減殺するにとどまる。
ウ したがって、全部不支給部分は「懲戒解雇された者」たるXに対して無効であるが、一部不支給部分は有効である。
(3)よって、上記請求は一部認められる。
以上

第2問

第1 労働組合法(以下「労組法」という)第7条第2号
1 X組合(以下「X」という)は、労働委員会に対し、誠実交渉命令の申立て、団交応諾命令の申立て、チェックオフ協定締結命令の申立て、ポストノーティスの申立てをすべきであるが認められるか。
労働委員会には要件裁量が認められないから、不当労働行為該当性の判断は裁判所と同一である。以下、Y社の行為が団交拒否に当たるかを検討する。
(1)Y社は業務手当廃止の撤回に関するXとの団体交渉を計5回行っているが、これが団交拒否の不当労働行為に当たるか。
ア 上記行為が、「団体交渉をすることを…拒」んだといえるか。
(ア)労組法の趣旨(1条1項)から、使用者は団交義務の一環として、協議事項について具体的な論拠を示した上で資料を提示し、合理的な説明を行うなどして誠実に交渉に当たる義務を負う(カールツアイス事件参照)。そこで、かかる義務に違反した場合は、「団体交渉をすることを…拒」んだといえる。
(イ)これを本件についてみると、たしかにY社はXと計5回にわたって団体交渉を行っている。しかし、Xが「きちんと資料を示して具体的に説明せよ」と主張したのに対し、Y社は「正式な計算書類は外部に非公表である」として「当社決算の概要と過去10年の推移」という1枚紙の文書を示すのみで、他に提出資料はなかった。また、業務手当の廃止によってどれだけの経費削減効果があるのか、他にどのような経営改善努力を行なっているのか等の説明もなされなかった。Y社はこれらに関して資料を提示して具体的な論拠を説明すべきであったのにこれを怠っている。
(ウ)したがって、Y社は「団体交渉をすることを…拒」んだといえる。
イ Y社の団交拒否に「正当な理由」はない。
ウ よって、団交拒否の不当労働行為に当たる。
(2)Y社がXとのチェックオフ協定締結に関する「団体交渉をすることを…拒」んだことが不当労働行為に当たるか。Xとチェックオフ協定を締結することが法律上不可能である場合は「正当な理由」があるから以下検討する。
ア まず、チェックオフは組合員の賃金から組合費を徴収することを会社に委任する委任契約(民法643条)であるから、賃金の「控除」(労働基準法24条1項ただし書)に当たる。そのため、その実施には同項ただし書の要件を満たす必要がある。
イ XはY社の管理職を除く労働者200名のうち25名が所属している。また、他に労働組合は存在しないから「労働者の過半数で組織する労働組合がないとき」に当たる。にもかかわらず、「労働者の過半数を代表する者との書面による協定」が存在しない。
ウ したがって、Xとの間でチェックオフを行うことは法律上不可能であるから、「正当な理由」が認められ、不当労働行為に当たらない。
2 よって、労働委員会は、誠実交渉命令、団交応諾命令、ポストノーティスの救済命令(労組法27条の12第1項)を発することになる。
第2 労組法7条3号
1 Xは、労働委員会に対し、ポストノーティスの申立てをすべきであるが認められるか。
(1)Y社がA組合との間でチェックオフ協定及びユニオンショップ協定を締結した行為が支配介入に当たるか。
ア 不当労働行為制度は組合間差別禁止の趣旨を含むから、使用者は中立保持義務を負っている。そこで、正当な理由なく組合間に取扱いの差異を設けた場合は支配介入に当たる(日産自動車事件参照)。
イ 前述の通り、Xはチェックオフを実施することは法律上不可能である。これに対し、A組合は200名のうち150名が参加しており、「事業場の労働者の過半数で組織する労働組合」であるから法律上チェックオフを実施することができる。そのため、取扱いの差異に正当な理由がある。
 一方、Y社とA組合との間で締結されたユニオンショップ協定には、「Y社に雇用された従業員は、A組合の組合員とする。A組合に加入しない者…は、従業員の資格を失い、Y社はこれを解雇する」と規定されている。これは、X組合員の積極的団結権(憲法28条)を侵害するものである。そして、かかる取扱いの差異に正当な理由は存在しない。
ウ したがって、ユニオンショップ協定の締結は支配介入に当たり得る。
(2)A組合との団体交渉の模様は協定の内容を含めてA組合のニューズレターに記事が掲載された。このニューズレターはY社の従業員向け掲示板の脇の机の上に積み重ねて置かれ、Y社の労働者は誰でもそれを持ち帰ることができた。そして、Xに加入していた労働者のうち10名が同組合を脱退し、A組合に加入した。これらのことから、上記行為にX弱体化の効果が認められる。
(3)Y社に支配介入意思が認められるか。その要否及び内容が問題となる。
ア 正当な権利行使と支配介入を区別するために支配介入意思は必要である。そして、その内容は反組合意思で足りる。
イ たしかに、Y社は「A組合との間にユニオンショップ協定があってもX組合員を解雇できないことは承知しており解雇するつもりもない」と述べている。しかし、前述の通り、協定の内容はニューズレターに掲載されている。また、Y社はA組合との団体交渉において、「従業員の真の利益を考える組合の出現を心から歓迎する」と述べていることから、Y社がXに対して反組合的意思を有しており、そのために協定を締結したことがわかる。
ウ したがって、Y社に支配介入意思が認められる。
(4)よって、支配介入の不当労働行為に当たる。
2 以上より、労働委員会はポストノーティスの救済命令を発することになる。
以上

感想
・3.5枚、3.5枚
・第1問は三つとも知っている論点だったので安心した。最初の科目でこけると心理的に後に響くからまずはここで落ち着けたのは助かった。
 労働法はどの事情がどこで使えるのかが比較的見えやすから、とにかく全ての事情を拾って評価することを心がけた。設問2は賞与の在籍日要件の有効性の問題だったが、あまりにも短く終わってしまったため本番中は不安だった。後から調べると、例外的に無効となる事案も下級審レベルでは存在したらしい。とはいえそこまで言及できている人は極少数だろうから、第1問に関しては上位レベルの出来だったと思う。
・第2問は団交拒否の方は誠実交渉義務、チェックオフの要件が問題となることにはすぐ気づいたが、支配介入の方はよく分からなかった。差別的取扱いを論じれば良いことは明白だが、自分の知ってる日産自動車事件とは事案が異なると思ったので、自信を持って答えることはできなかった。
・全体的には半分より上に入っているとは思うが、事例演習労働法、労働法百選を読み込んだ身としては選択科目でもっと稼ぎたかった。

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