なぜ「写真」はいまも、表現ジャンルとして重要なのか
この世に「写真術」が生まれた経緯と背景
新・写真新人賞「夜明け前|New Photography Award」は文字通り、新たな写真表現を求め、募集しています。
テクノロジーが進展し、伝達手段は多様となり、さまざまなエンターテインメントが手厚く用意されている現代に、なぜ写真なのか。疑問におもう向きもあることでしょう。
それではここで、写真表現ジャンルのおもしろさと重要性について考えてみましょう。
ものごとのあらましを知るには、来歴をひもとくのがいちばん。写真の歴史を、ここに最短のかたちでふりかえってみます。
いまわたしたちが知る写真術の原形は、19世紀前半の欧州で誕生しました。複数の発明者が同時多発的に着想し、それぞれ技術を確立していったのです。
ただし写真の原理自体は、ずっと以前から知られていました。古代ギリシアの哲学者アリストテレスは、著作の中で、写真に通ずる光学現象について早くも言及しています。小さい穴を光が通過すると投影像が得られることを、日食時の木漏れ日を例にとって解説しているのです。
11世紀にはイスラム圏の大学者イブン・アル=ハイサムが、『光学の書』で同じ現象を取り上げており、レンズに関する記述も多数残しています。
古代から知られていたこれら「小穴投影現象」の原理を使った装置としては、カメラ・オブスクラなるものがあります。平面に映し出した投影像をなぞれば実物そっくりに絵を描けるようになっており、ルネサンス以来、多くの画家が制作に活用してきたものです。
このカメラ・オブスクラは、時代を経るごとに普及し定着していきます。となると次には、投影された画像をなんとか留め置くことはできないものか、という欲望が生まれるのはごく自然な流れです。
各地で投影画像を留めんとする挑戦者はいたものの、なかなかうまくいきませんでした。最初に目に見える成果を出したのは、フランスのジョゼフ・ニセフォール・ニエプスでした。みずから開発したヘリオグラフィ技法を用いて1827年、「ル・グラの自宅窓からの眺め」と題した写真をつくり出します。
いったん突破口が見つかると、続々と成功例が報告されはじめます。ニエプスと同じくフランスのルイ・ジャック・マンデ・ダゲールは1839年、独自のダゲレオタイプ技法を開発したと発表します。追いかけるようにして1841年ごろ、英国のウィリアム・ヘンリー・フォックス・タルボットは、画像の複製が可能なカロタイプを完成させました。
ほかにも多くの技法が出ては消え、を繰り返しつつ、写真術自体は急ピッチで洗練されていきます。解像度が上がり、露光時間は短縮され、カメラ機器の軽量・小型化も進み、世界中に急速に普及していったのです。
200年かけて写真は、この世に不可欠なものに
19世紀末になると、写真を連ねて絵を動かす「映像」が生まれます。1891年、キネト・スコープなるテクノロジーを発明したのは、かの発明王トーマス・エジソンでした。ただしこれは、箱を覗き込んで動く絵柄を眺めるかたちだったので、現在の映像体験とは少々趣が異なります。
次いで1895年、リュミエール兄弟がシネマトグラフを発明します。こちらはスクリーン上映ができたので、現在と同じような映像体験を得られることとなりました。
20世紀になるとこの技術を用いた映画が、あっという間に一大産業として成長します。さらには1936年、英国で世界初のテレビ放送が始まります。映画とテレビという映像メディアは、人々の圧倒的な支持を受け、存在感を増し、いつしか20世紀は「映像の世紀」と呼ばれるまでになったのでした。
20世紀も末になると、写真・映像にデジタル化の波が押し寄せます。
写真のデジタル化技術は1970年代から開発が進み、80年代には実用レベルへと達していました。1995年、日本でカシオが、世界初の液晶付きデジタルカメラ「QV10」を販売開始。ちなみにこの機種の解像度性能は、25万画素でした。
2000年代に入ると、デジタルカメラは低価格化と高画質化が急速に進みます。日本では2005年、デジタルカメラとアナログカメラの出荷台数が逆転します。
写真、そして映像においてデジタルがアナログを一気に駆逐したのは、画像の鮮明さ・美しさが格段に進歩したということもありますが、もっと大きい要因は、デジタル画像・映像が社会のインフラと化したからと考えられます。
21世紀になって以降、世はあまねくIT化し、生活はデジタルテクノロジーで覆い尽くされていくのはご承知の通り。そうした社会において画像と映像は、最も基礎的かつ重要な「データ素」として、大きな役割を果たすこととなっています。風景か肖像かを問わず、あらゆる画像・映像はデータセンターで蓄積され、データベース化され、テクノロジーのさらなる発展や利便性アップに寄与しています。
ますます猛スピードで進展するであろう情報化社会にあって、写真・映像データは、世界の根幹を成す最重要の要素になっているわけです。
そんな状況下において写真表現は、質的な面から、写真のさらなる進展と可能性拡大に寄与しているといえるでしょう。写真表現が豊かになることは、これから先の情報化社会のいっそうの推進・充実に直結します。
そう、いま新しい写真表現を模索し開拓するとは、まさに次代をつくることそのものなのです。