曇天にルージュ
朝目が覚めると気圧のせいか目の奥がズキズキ。妻に「ちょっと起きられなそう。送っていけなくてごめんね」と伝えて再び布団に潜り込みます。
9時のアラームを聞いて資格のスクールに休みの電話を入れます。寝ぼけた声で電話を終えるとスマホを握りしめたままま夢の中へ。美しい夢を見た気がします。とにかく、起きたくなかった。
ハッと気がつけばすでに12時過ぎ。のそのそと布団から這い出て顔を洗います。ここ最近、月末は必ず強めの偏頭痛がやって来て予定を休みがちです。しっかりせねば。
そう思ってふと気づけば、今日はなんの予定もない。予定のない休みなんて、ひと月ぶりではないでしょうか。
頭痛も少し良くなっていて、そのおかげ(?)で生まれた空白の日に少し安堵を感じます。四六時中働いている人も世の中にはいるのでしょうが、私には無理そう。こういう日も必要です。
リビングに置いてあるバイオリンやらギターやらを引っ掴んで飽きるまで適当に弾き鳴らしたら、ちょっと散歩に出ることにしました。
せっかくなのでいつも仕事帰りに立ち寄るお茶屋さんへ行くことに。テイクアウトしかしたことがないので、今日は店内でゆっくり過ごしてみようかしら。
「こんにちはー」と開かれたドアをくぐると「あら!こんにちは!」と店主のお姉さんが笑顔で迎えてくれます。
店内には誰もおらず、4席ほどしかない店内の奥の席に腰を下ろしてメニューをながめます。
2種のお茶の飲み比べセットを注文します。一つはお気に入りの白折。もう一つは……さて、どうしましょう。
「このサンルージュというお茶は赤い色をしているんですけど、煎茶なんです。アントシアニンが入っているから赤いんですよ」
アントシアニン!今の私にぴったりかも。というわけでもう一つはサンルージュに。
店主さんと雑談をしながらお茶を待ちます。この方は本当に話をするのも聞くのも上手で、なんというか言葉の端々からやさしさと気さくさが滲み出ている感じ。お茶が飲みたいというか、人恋しい時にフラッと立ち寄ってしまうのがこのお茶屋さんの魅力です。
会話に夢中になっているといつの間にかお茶が入っていました。まずはサンルージュを一口。深みと渋みが同居するワインのような後味が不思議。
白折は茎が入っているからか奥深さと少し野性味があって、それでいて優しい甘さがあります。おいしい。
ニ煎目のお茶の前に、本日のお茶(岐阜の東白川だったかしら?)を氷で出したものを淹れてくれました。これがもう見た目の涼やかさとは裏腹に濃厚な味でびっくり。なんというか、真夏の草いきれを凝縮して濾過した感じ。草の汁というような野性味溢れる味です。青汁っぽい。でも、おいしい。
店主さんによると、カフェインの苦味や渋みは温度が高くないと抽出されないので、氷出しはアミノ酸の旨みだけが残るのだそう。
産地に茶葉に淹れ方に、更に言えば使う急須の素材や、湯呑みの素材とその飲み口の薄さや広さによっても味は変わるのだとか。お茶って複雑で奥が深いんですね。
ニ煎目のお茶はどちらもアイスでスッキリと出していただきました。一煎目よりクリアな味わい。ニ煎目はまた淹れ方を変えているのだとか。本当に奥が深いなと思います。
サンルージュは紫がかった水羊羹みたいな独特の紅。グラスを持ち上げて曇天の陽に翳すと、グラスについた水滴がフワッと輪郭を濁して見えて綺麗。素敵な時間。
最後の一滴を飲んで時計を見ると来店から一時間半近く経っていました。ついつい友達と飲んでいるみたいな気分でおしゃべりしてしまいます。
また来ます、と頭を下げてお店を後にします。ここに来れなくなるのは寂しいけれど、引っ越しが落ち着いたら茶器を揃えてゆっくりお茶でも淹れてみたいものです。