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小雨の夜のアクアパッツァ

 この間熱を出してしまってからというもの、咳が止まらなくなってしまいました。ごほごほ。

 小雨降る夜の道を歩いています。コンビニへ行くだけだからとサンダルをつっかけて外へ出ました。素足に当たる細やかな雨は少し冷たいです。

 家に帰って来た妻は具合が悪そうでした。どうやら風邪をうつしてしまったようで、若干の熱と頭痛があるようです。明日仕事を休んでもいいように、風邪でも食べやすいものを買いに行くことにしました。咳がひどいので食器棚の隅に放ってあったりんごののど飴を口に放り込んで家を出ました。

 夕食はアクアパッツァを作りました。真鯛を1尾丸ごと使って少し豪勢に。今日は記念日なのです。

 妻とは交際を始めてから10年になります。付き合い始めてからの決め事で、私たちは毎月この日にケーキを食べます。たまに忘れてしまったり、ケーキじゃなくてパフェだったりプリンだったりするけれど。今日も妻は具合が悪い中ちゃんと美味しそうなケーキを買って来てくれました。

 風邪なのにアクアパッツァなんて。そう思っていたけれど妻は美味しそうに食べてくれました。むしゃむしゃと、テレビを観てケタケタ笑いながら。体温計は37.8℃を示しました。

 コンビニについてポカリスエットや栄養ドリンク、ゼリーなんかを買い物カゴに放り込みます。セルフレジを通してそれらをエコバッグへ入れます。ちよっと寒いのでホットコーヒーを自分用に買います。後ろのレジにいる店員さんの視線はなんだかヒリヒリします。悪いことをしていないのにパトカーとすれ違う時ちょっと下を向くような、あれと同じ感じ。

 コーヒーを淹れて帰路に着きます。雨がぱらつく5月の夜はやっぱり肌寒いです。コーヒーを一口すすろうと思って口の中に飴が残っていることに気がつきました。

 バリバリと噛み砕いた飴が喉を通り過ぎる時、両脇の3階建ての狭小住宅に切り取られた東京の空がまるで自分の食道みたいで、そこをひっくり返した砂時計みたいな、真っ赤な細かいりんご味の砂がキラキラと降っている様子が目に浮かんで、それでなんだか寂しいと思ったのです。

 コーヒーはほろ苦くて、妻が恋しくて、家へ急ぐサンダルはパタパタと鳴きました。

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