老母と私の農作ノート38
朝のウォーキングに数日ぶりに行きました。しばらく膝に痛みがあったため中止していたのですが、今朝はほとんど痛みも消えて歩くことができました。
毎日近くの神社まで往復しているのですが、膝が痛むときは仕事の帰りに車で寄りました。参拝の日が途切れないようにしたいためです。
この神社には二年近く一日も欠かさずお参りしたことがあります。御利益は健康で過ごせたと言うことでしょう。何をするにしても「健康」に勝るものはないと言うことを実感します。
母は86才になるのですが、すごく元気に過ごしてくれています。人生を謳歌している時期なのだと言えます。年のせいかもしれません・・・
父が他界して10年ほどになりますが、亡父は晩年には身体を壊し入退院を繰り返す状態でした。
見舞いに行ったときに看護師のすべき役目を母にさせている様子を目撃しました。看護師さんはずいぶん困っていたことを覚えています。
もちろん、看護師の資格がなければできないことではなかったので、父も母にさせると言い張って譲らなかったのでしょう。実は排便の補助でありました。
父の気持ちも分かりますが、ずいぶん困った患者だったのではないでしょうか。
神仏に祈るときにはまず第一に健康を祈り次には家族の幸福を祈ります。他にも祈るとすれば厄除けとかでしょうか。しかし、これは幸福を祈ればすむことでもあります。
私の日々参詣する神社には、早朝の時間帯にお参りに来る中年ぐらいの女性がいます。
今は私が参る時間は少し遅くなったので会うことはありませんが、この女性はお祈りの時間がやたら長かった。
少なくとも10分以上は祈っていたと思います。この人は祈りが長すぎることを自覚しているのか、神社の真ん中ではなく少しずれて祈っていました。
他人と並んで祈るのは抵抗があるので最初は祈り終わるまで待っていました。あまりに長いのでその後は横に並んで祈るようになりました。
一体何をあれだけ祈っているのか、不明です。
一言「幸福」だけを望めば良いのに・・・
まあ、人それぞれでしょう。大きなお世話と言うことになりますか。
さて、今週末は母に言われたビニールハウスの鍵を設置しようかと思っていました。しかし、自分の持っている電動ドリルでは役に立たないことに気がつきました。
私のドリルはバッテリー式ではなくコードでつながなくてはなりません。しかし電源が近くにないのです。ドラム型の延長コードを買うのはこの一回限りの作業用としては無駄遣いになります。どこかで借りられないか母に問い合わせてみようと思っています。