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部屋で談笑する時の家具は?

今日は朝からシスターたちの住む近所の家に伺った。

うちの1階に住む家主はクリスチャンである。庭にはマリア様が、部屋にも十字架が置かれている。私も縁あって中学高校はキリスト教系の学校に通った。クリスチャンではないが、そういう人たちには親しみやすさを感じる。

家主の彼に紹介されたのだ。同じコミュニティに住んでることだし、いい人たちだから、インドネシア語の勉強も兼ねて遊びに行くといいよと紹介された。家から歩いて3分である。隣には老夫婦がワルンをやっていて、彼らもいい人たちだから、料理を教えてもらうといいと紹介された。

平日は皆外に出ていていないことも多いみたいだが、土日は基本的に家にいるとのことだ。ワルンの老夫婦は今日はいなかったが、今日は2人のシスターたちが出迎えてくれた。顔見せのようなものなので長居するつもりはなかったが、ティーをご馳走になりつつ、部屋でしばし談笑した。

この家は1階はシスターたちの住まい、2階は学生たちに部屋を貸している。KOSTである。15人の学生が2階に住んでいるという。2階とは吹き抜けを介して室内でもつながっているが、学生たち用の外からの入口もあるという。シスターたちの家には、前面に小さな庭のような空間を抜け、テラスの前で靴を脱ぎ、室内に入る。ゆったりめの居間があり、奥には2階とつながる吹き抜けが見えた。掃除が行き届いた清潔感のある空間である。ローテーブルを前に椅子にゆったり腰掛けてシスターたちと話をした。

さて、午後になって、近所のUGMの学生が家に来るという。たまには誰かに来てもらいたい気もしていたが、いざ来るとなると、どこでどう話せばいいのか、慌ててしまった。ここには来客と談笑するような空間はないのだ。

座ってもらう場所はある。廊下に座ってもらって話すこともできるし、いつも仕事をしている部屋で机を挟んで話すこともできる。それでいいとも思っていたが、よく考えるとインドネシアっぽくない。

勝手なイメージだが、インドネシアっぽいのは、今朝のシスターの家のように、ローテーブルを挟んでゆったりめの椅子とかソファーに腰掛け、斜め向かいに座ったりしながら、お茶を啜りながら喋るイメージである。

作業しているようなテーブルを介して、椅子に座って喋るのは、日本のビジネスミーティングみたいではないか。それは失礼ではないか。失礼ではないとしても、もてなしているうちには入らないのではないか。

そんなこんなと考えているうちに、家に来るのはまたの機会にということになった。一安心である。でも近いうちのその時に備えて、おもてなしの空間をなんとかしないとけない。

そのためにもローテーブルやソファーは必須なのだろうか。一度、大家さんの意見も聞いてみたい。240929


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