見出し画像

レセハンという地べたに座る文化

地面にござを敷いて、そこでご飯を食べたり、コーヒーを飲んだり、物を売ったりすることを、レセハンlesehanという。レセハン文化 Budaya Lesehanという言葉もある。レセハンは、ジャカルタやバンドン、バリでもみることができるが、最も知られているのは、ジョグジャカルタであるという。


トゥグ駅周辺のレセハン

少し古いが2013年の研究報告からレセハンの実態を知ることができる。ジョグジャカルタのトゥグ駅の北に位置するウォンソディルジャン通りを対象にしたものである。

トゥグ駅は2016年ごろから整備が進み、許可を得ていない店舗群の撤去や歩道の美装化が行われた。2021年には国際空港線も開通し、2024年には駅東口の整備も進んでいる。2010年代後半からマリオボロ通りも様変わりし、ベチャや馬車アンドンの移動レーンや簡易店舗のあった歩道部分は、すべて再整備されて広幅員の歩きやすい通りに生まれ変わっている。

現地で確認したわけではないが、こうした整備のあおりを受けて、ウォルソンディルジャン通りのルスハンも既にない可能性は高い。ただ、レセハンの一般的な特徴は、この報告から十分知ることができる。

店舗に作られるレセハン

店舗は、調理のための装備とベンチ・テーブル・ござ・テントによって構成される。事業者は自治体に登録することで、無料で歩道を使用する許可を得る。その通りの店舗の営業時間は13時から28時である。12時からテントを張り始める。照明のための電力は近くの店舗のものを使用させてもらっており、1日1000ルピア(10円)が請求される。朝にはテントを外しゴミを掃除し、諸々の備品を共同倉庫にしまう。

店舗のスペースには3つのタイプがある。1つ目は売り手と買い手のエリアともにベンチを置いたもの、2つ目は売り手エリアと買い手エリアにござを使用するルスハンの形式のもの、3つ目はそれらが組み合わさったものである。トゥグ駅北のケースでは11店舗のうち、ベンチ形式が4店舗、レセハン形式が6店舗、混在形式が1店舗であった。

ござを用いるレセハンの形式は、ベンチを用意する手間や費用を省くことができ、スペースの有効活用にもつながる。多くの客に対応することが可能である。また、状況にあわせて配置を変えやすいという利点もある。

客が少ない時には、片側の歩道を用いるのみであるが、客が増えてくると通りの反対側の歩道を活用することもある。だが、反対側の歩道には、それぞれ住居が張り付いているので、居住者の利用を妨げないようにする必要がある。事業者は、客席を移動しやすいようにござの仕様のみにし、住居の入り口を避け配置するとともに、常設とせず客があふれた場合のみの利用とすることで、居住者に受け入れてもらっているという。

レセハンでは囲み形式や向かい合わせ形式、横並びで座る形式が混在する。混雑した際には、知らない人どおしが相互に接するほどの距離になるが、それぞれのグループは混雑を気にすることなく、協調的に距離を調整しながら、ともにその場にいれるように配慮する。

レセハンを考える視点1 インフォーマリティ

この研究報告の著者はインドネシア大学の建築の先生であるが、スタンスを共有するのは、このレセハンに対する視点である。一つはモールの空間と対比的に、このインフォーマルな空間の価値を評価する点であり、一つは、ジャワの伝統的な住文化の中でレセハンを再度位置付けようとする点である。

ルセハンを「新種の」公共空間と位置づけ、モールやショッピングセンターのようなフォーマルな公共空間にはない、人々の素朴な交流への想いに応えるものだとする。モールの空間では、人々がデザインプロセスに参加することはなく、その結果、地域住民の空間的実践や日常的な必要性から遠ざかっているとする。

レセハンのようなインフォーマルな空間が、まちじゅうに食事、リラクゼーション、集いの楽しみを提供しており、利用されていない歩道を、観光のための場所に変化させることに成功している。レセハンの存在は、人々が社会経済的・文化的活動に参加する機会を提供しているのである。

レセハンを考える視点2 ジャワの住文化

一方で、住文化の視点からみると、ジャワでは、床は生命の源である大地の表象であると理解されている。人間は大地の子孫であり、空は神の領域である。ジャワでは家の中で土間の床に座る習慣が伝統的にあり、椅子を使うようになったのは19世紀に入ってからで、当初は貴族に限られていた。一般的な住居においても、椅子が使われるのは、来客に対して正式に権威を示す必要がある場合のみであり、日常的には、床にござを敷いて家族の団欒の時間を過ごすレセハンの形式が取られた。

レセハンの場合、子どもが親の前を無断で通ることは失礼とされるなどの独自の規範はあるが、椅子の場合とは異なり、個人の配置に特定のルールはないという。流動的で柔軟な空間配置を生み出す点がレセハンの特徴である。

椅子とは異なり、レセハン形成における個人の特定の位置はない。レセハンには独自の社会規範があり、 例えば、親の前を無断で通ることは禁止されている。

レセハン文化の探究

夜ジョグジャのまちを歩けば、いたるところでレセハンをみることができる。先日、うちの家の前にもござを広げてレセハンをやっている人たちがいた。セルフ・レセハンである。

先日、アルン・アルン・キドゥルに行った時に道路脇のワルンで晩御飯を食べたが、あの時体験したのもまさにレセハンである。

日曜日にサンモールUGMで見たのもレセハンであった。屋台で売られているスウィーツやスナックを、道路の向かい側の歩道に広げられたござの上で多くの人々が食べていた。

インフォーマルかつテンポラリーに都市の中に場所を獲得する行為は、人間の潜在的な欲求の現れと言える。整備、計画、統合、排除の都市計画では実現し得ないいきいきとした都市を育んでいくためにも、レセハン文化を継承していくことが必要となる。241018

https://www.researchgate.net/publication/308356986_Lesehan_Culture_at_Yogyakarta_Night_Space


いいなと思ったら応援しよう!