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観光は必ずしも地域に活力を与える魔法の杖ではない

来週、バヤンに訪れる予定だ。マウリッドが18日19日に行われるとジャナから連絡があった。イスラームの預言者ムハンマドの生誕祭である。93年か94年に見たぶりなので30年ぶりである。バヤンのプロジェクトにはアトマジャヤ大学チームと我々も関わっているが、観光化に向けて住民たちが意識を持って動き出している。現地のマタラム大学も関わり始めているようである。

マルリッドについて調べようと思って、いろいろ検索していたらバリのチームによる観光の論文を見つけた。バヤン村を対象に、観光開発に対するコミュニティのエンパワメントについて論じた論文である。読んでみたら、頭の中がモヤモヤしてきたので、内容を概説しながら、頭を整理したいと思う。

そこでは、バヤンの魅力としてマンダラ伝統林、マウリド祭礼、織物工芸を挙げながら、文化的側面、経済的側面、環境的側面、社会的側面、政治的側面から観光がもたらす影響について検討した後、SWOT分析を行い、バヤンの地域観光がどうあるべきかを論じている。

文化的側面については、観光化が進むことによって、文化や自然に関するポテンシャルを維持するだけでなく、観光を持続的なものにするために、コミュニティの参加がより社会化(組織化)することが大切だとする。

経済的側面については、雇用機会の創出により、経済状況の良くない人々にお金が回るようになることが求められるとする。具体的には、織物工芸に携わるPetung Artshopのオーナーにインタビューするかたちで、女性に仕事の機会が与えられ、副収入が得られることに喜びを感じていること、政府の研修プログラムMSMEに参加する機会をもっと欲しいことが言及されている。季節・気候に左右される農業だけだと収入が不安定なので、観光収入があることが、より安定した生活に寄与できるとしている。

環境的側面については、行政、コミュニティの関わりが必要であるとする。特に衛生問題については、ゴミの散乱や施設のメンテナンスなど、清潔さに対する意識の向上が必要である。そのためにもコミュニティの環境への関わりが重要である。

社会的側面については、人材不足を指摘する。小学校しか卒業していない人が住民の18%を占めることを指摘し、平凡な経済水準、高い失業率、低い参加率、低い教育水準を問題視する。観光サービスを強化するためにも英語を喋ることのできる人材を増やす必要性を説いている。

政治的側面については、コミュニティの参加を生み出し、質を向上させ、効果的なリーダーシップを生み出すために政治が存在するとし、観光マネジメントのためにコミュニティを組織化することが必要だとしている。バヤンでは、一部の人だけの参加に留まっており、より幅広いコミュニティのエンパワメントが必要である。

SWOT分析では、以下のようにまとめられている。強みS:自然と文化に関わる資源、整備された必要最低限のインフラ。弱点W:限られた人的資源。観光活動を推進するために、研修や技能の向上が必要。地域コミュニティの観光への関与が必要。道路アクセス、交通、観光施設などのインフラの整備。機会O:インターネットや印刷媒体によるバヤンの観光プロモーションの機会。脅威T:外国文化のコミュニティへの影響。災害。観光トレンドへの依存、観光トレンドの不確実性。過剰な観光による環境破壊。

SWOT分析を受けて、観光開発戦略として以下の4点にまとめられている。SO戦略:北ロンボク州の地域観光振興局と観光プロモーションで協力。WO戦略:行政や大学と連携した研修によってコミュニティのエンパワメントを実現。土産物の製造、料理、観光地管理、宿泊管理、デジタルマーケティング、サービス品質向上。観光支援施設の整備。トイレ、案内所、駐車場、ゴミ箱等。ST戦略:CHSE基準を満たす。C清潔さ、H健康、S安全、E環境的持続性。観光開発に関するルールや政策を立案する。観光がコミュニティの文化を傷つけたり、観光のために文化が商業化の道具になることのないように、伝統的なルールを維持する。WT戦略:地域コミュニティへの教育提供。安全性、快適性に対する質の向上のための観光活動の管理。

それぞれの切り口から丁寧にまとめられた論文だと言える。観光プロモーション、行政・大学連携による研修、施設整備、観光開発に関するルールの策定は確かに必要である。そうしたものがあることで、この地域の観光ポテンシャルは向上するであろう。一方で、脅威の部分で指摘されている外国文化のコミュニティへの影響や観光トレンドの不確実性に対する対応、過剰な観光による破壊に対する配慮が不十分であると思われる。これは観光に対するアプローチ全体に関わる問題である。そもそも観光が必要なのか自体が問われる必要がある。文化、経済、環境、社会、政治的な観点から、この問いについて考えてみよう。

文化。観光は文化を変質させる危険性がある。地域文化を尊重することが基本である。特にバヤンのような独自の文化を保持してきた地域では、それを継承していくことは重大な社会的責務であり、変化に対しては敏感になる必要がある。外から入ってくる新しい情報、技術、文化に触れることで、劣化・省略されることもあれば、再興・精緻化・捏造されることもある。守るべきものは明確になっていないケースは多く、定型化・明文化されていない場合は、外からの刺激を通じて変質する可能性は大きい。

経済。観光は地域の生業を崩壊させる可能性がある。農業とともに存続してきた地区である。集落の周辺には住民たちが所有する棚田が広がっている。伝統となっている儀礼も農業と密接に結びついている。穀物の収穫や神聖な米の存在など、稲作を基盤として伝統が形成されてきた。その農業とは異なる生業が地域に持ち込まれるのである。農業を主たる生業としない世帯が増えてくる可能性もある。新たな経済的な格差が生まれる可能性も否めない。

環境。観光は環境悪化を招く可能性がある。ゴミやトイレなどの衛生上の問題が引き起こされる可能性もあるが、それよりも、環境と共生した生活、あるいは環境に負荷の少ない生活をおこなってきたこの地域に、外部から観光客が訪れることになれば、車による空気汚染や、駐車場や新しい建物のための土地造成など、環境に大きな負荷を与えることにつながる。

社会。観光は地域コミュニティを分断する可能性がある。地域にはこれまでに築かれてきた社会的な組織が存在し、それが良いか悪いかは別として、定常的な調和を生み出していたと考えられる。行政的なコミュニティ組織と慣習的な土着的なコミュニティ組織である。観光化によって、新たな業態が生まれ、新たに収益を生む人や組織が生まれる可能性がある。また外部の組織が利益を上げるために地域に介入することで社会的なバランスが崩れる可能性もある。

政治。観光は利権にまつわる政治的コンフリクトを発動させる可能性がある。観光施設をどこに建てるのか、観光業を誰が営むのか、利益をどう分配するのか、そもそもどのような観光業を目指すのかには政治的な決定が関わる。民主的なプロセスや開かれた決定プロセスがあれば、不満の温床を生まずに済むが、不透明な決定は地域に禍根を残すことになりかねない。

観光戦略として挙げられた、観光プロモーション、行政・大学連携による研修、施設整備、観光開発に関するルールの策定それぞれは、上記の懸念を下敷きにして行われれる必要がある。

変化は必要である。また住民が観光開発を望むという意見も尊重されなければならない。ただ、観光は必ずしも地域に活力を与える魔法の杖ではない。自らの地域の社会・文化・経済的な環境を尊重しながら、コミュニティの持つ力を最大限に生かしつつ、持続可能な開発を自覚的に歩んでいく必要があると思う。
この件、引き続き検討したい。240911


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