見出し画像

芭蕉をインドネシア語で四行詩パントゥンにしてみた

インドネシア・マレーシアの無形文化遺産に四行詩パントゥンがある。

パントゥンについて書かれた論文を紹介しつつ、パントゥンが風景をどのように捉えているのかを以前論じた。

今回、芭蕉の俳句を取り上げ、パントゥンとして書き換える作業をやってみた。


目的

芭蕉(1644―1694)は江戸時代前期の俳人。俳句は五・七・五の17文字で構成される短詩であり、最小限の言葉を連ねて情景を語るものである。

風景描写の一手法として位置づけることで、風景がどのように捉えられていたのか、捉えられるべきなのかを論じる材料になりえるのではないかと考えている。

日本的な風景描写の一手法としての俳句を、インドネシア人に伝わるようにインドネシアの伝統詩であるパントゥンで表現することができるのかを模索するものである。

パントゥンとは?

パントゥンのルールを簡単におさらいしておこう。

パントゥンは4行で構成され、1・2行は風景描写、3・4行は意見表明を基本とし、1行目と3行目、2行目と4行目は文末で韻を踏むことが原則となっている。

必ずしも1・2行と3・4行は関連づけられることはなく、意味の中心をなすのは3・4行の部分である。

作業手順

今回、芭蕉の俳句を取り上げるにあたって、いくつかの句集を参照したが、よく知られた以下の3首を取り上げることにした。

古池や 蛙飛び込む 水の音
夏草や 兵どもが 夢の跡
閑さや 岩にしみ入る 蝉の声

それぞれ、様々な解釈があり、必ずしも今回の解釈が正しいとは限らない(むしろ間違っているかもしれない)が、そこまで遡ると作業が進まないので、一般的と思われる解釈で作業を行った。

手順として、まず俳句そのままの言葉をインドネシア語に翻訳する作業を行った(作業1)。その後、4行詩としてパトゥンのルールを意識しながら1・2行を風景描写、3・4行を解釈・意見となるように文章化し(作業2)、それをインドネシア語として韻を踏めるように語順等を変えたり、選択した語句を変更したりしながらパントゥンとして再構成した(作業3)。

古池や 蛙飛び込む 水の音

(1)作業1
古池がある/蛙が飛び込んだ/水の音がした
Kolam tua/Katak melompat/Suara air bergema

(2)作業2
古い池がある
池に飛び込む一匹の蛙
静寂を感じる
水の音が優しく響く

(3)作業3
Kolam tua ditemukan
Ke dalam kolam seekor katak melompat
Rasakan keheningan
Suara air bergema dengan lembut

夏草や 兵どもが 夢の跡

(1)作業1
夏の草/兵士たちの/夢の痕跡
Rumput musim panas/Oleh tentara/Jejak mimpi

(2)作業2
かつての戦場
青々とした草原
兵士たちの夢
過去に思いを馳せる

(3)作業3
Bekas medan perang
Padang rumput hijau
Mimpi para pejuang
Membayangkan masa lalu

閑さや 岩にしみ入る 蝉の声

(1)作業1
静寂を感じる/岩に染み入る/蝉の声
Rasakan keheningan/Meresap ke dalam batu/Suara jangkrik

(2)作業2
蝉が鳴いている
蝉は岩にとまっている
岩に蝉の声が染み込んでいくようだ
静けさを感じる

(3)作業3
Saya mendengar seekor jangkrik
Itu bertengger di bebatuan
Ke dalam bebatuan seakan meresap suara jangkrik
Rasakan keheningan

おわりに

俳句は、日本人の感覚を表現する文学形式の一つである。それを他言語に翻訳することで、認識や感覚を共有できるのかどうかを検討してみたいというのが今回の作業の出発点であった。

今後インドネシア人たちと、この試作をもとに議論していきたいと思う。

今回、手が回らなかったが、英訳を参照しながら検討すべきだったかもと思う。

明治時代に日本を訪れ、外国人として日本文化の理解に心を砕いた小泉八雲は、芭蕉の古池やの句を以下のように訳している。
Old pond― frogs jumping in― sound of water

a frogではなくfrogsとなっているのが興味深いが、その是非も含めて、他にドナルド・キーンやサンデンステッカーなどの著名な日本文学研究者らの訳を検討しながら、適切な英訳をもとに、インドネシア語訳を検討すると、もう少し違う展開があったかもしれない。

ただ、最終的には韻を踏ませるために、語句の選別や語順の検討を行わざるをえない。語彙力や文法力が貧弱で、今回はなかなか満足には対応できなかった。今後の課題としたい。250115


いいなと思ったら応援しよう!