人はどうして旅するの?(観光動機)
心理学では、私たちの行動を引き起こす原因となるのは、欲求や動機といわれる内的状態だと考えられています。例えば、「世界最高峰のエベレストをこの眼で見てみたい」といった気持ちが欲求であり動機です。そして、それを実現させる方向に向かって行動を開始し、維持しようとする過程を動機づけ(モチベーション)といいます。
観光者のモチベーションは、人々を観光にかりたてる働きをする動機や欲求であるpush要因(発動要因)と、具体的な目的地を選ばせるように働く観光地のイメージや魅力であるpull要因(誘引要因)から成ると考えられています。push要因が先に働いて観光旅行をするという意思決定がなされ、次いでpull要因が働いて具体的な目的地を選択させるというプロセスが仮定されています。もちろん、その逆もありです。
観光動機(push要因)の種類
多くの研究者らによって、これまでさまざまな観光動機があることが報告されてきました。古くは、今井省吾が『観光の心理分析』の中で、東京都内のOL、主婦、サラリーマン339名を対象にした調査を実施し、観光動機18項目の因子分析から「緊張解除動機」、「社会的存在動機」、「自己拡大達成動機」という3因子を見出しています(今井, 1969)。
海外では、Crompton(1979)が、39名へのインタビュー調査から、「日常的環境からの逃避」、「自己探求と自己評価」、「リラックス」、「威光(ライフスタイルの誇示)」、「回帰」、「親族関係の強化」、「社会的相互作用の促進」という7つの社会心理学的な動機を報告しています。
中でも、Pearce(1988)は、マズローの欲求階層説を理論的な枠組みとして、観光動機を体系化しようとし、Travel Career Ladderと呼ばれる観光動機の5段階モデルを提唱しました(下図参照)。Pearceによると、人々の観光動機は5段階(リラックス欲求、安全‐刺激欲求、関係性欲求、自己発展の欲求、自己実現の欲求)のいずれかに位置づけられ、その段階はライフサイクルや旅行経験によって変動するといいます。
さらに佐々木(2000)は、Pearceの考えを導入した上で、逃避やリラックスを求める「緊張解消」、レクリエーションや楽しみを求める「娯楽追求」、人間関係の拡大や強化を求める「関係強化」、異文化への理解や知識を求める「知識増進」、自尊心の向上や自己成長を求める「自己拡大」という5つに集約しています。そして、これら5つは、先行研究で見出された数ある観光動機との対応が可能であるとしています。
観光動機の心理尺度
林・藤原(2008)は、個人の観光動機を測定する心理尺度を開発し、関西国際空港において日本人海外旅行者1014名を対象とした調査を実施しました。その結果、以下のような7つの観光動機の因子が見出し、旅行者の年齢や目的地によって観光動機の特徴が異なることを報告しています。
刺激性・・・普段とは違う環境で、変化に富んだ刺激的な経験をすることや、それらの経験から感じられる驚きや興奮を求める気持ち
文化見聞・・・訪問先の文化・歴史・芸術を実際に見聞きしたい、現地の人たちの暮らしぶりに触れたいという気持ち
現地交流・・・現地の人たちや、他の地域からやって来た旅行者と仲よくなりたいといった、旅行先で出会う人々との交流を期待する気持ち
健康回復・・・日常生活から解放されることで、日頃のストレスを解消し、疲れた心身を癒したいとする気持ち
自然体感・・・普段は見ることのできない雄大な自然を身近に感じるなど、自然と直接的に触れ合いたいという気持ち
意外性・・・行き当たりばったりの旅行をすることで、予期しなかった出来事や、思いがけない出会いを期待し、それを楽しみたいという気持ち
自己拡大・・・日常の世界を離れて自分自身を見つめなおしたり、旅行を通して内面的な成長を遂げることを期待する気持ち
日本人の3つの旅行者タイプ
Gray(1970)は、その行動特徴から欧米の旅行者は「サンラスト(Sunlust)型」と「ワンダーラスト(Wanderlust)型」に分類できるとしています。サンラスト型とは、日常生活から離れて、陽光のもとでリフレッシュする機会を求めるタイプであり、ワンダーラスト型とは、知識や見聞を広めるために、異なった文化や環境を積極的に求めるタイプです。
観光動機にはさまざまな種類がありますが、これらを日本人に当てはめて考えてみると大きく3つの旅行者タイプに集約することができます。
1.サンラスト(Sunlust)型・・・健康回復と娯楽追求の動機が強いタイプ。旅行では、普段の生活の疲れを癒し、リフレッシュすることを重視します。
2.ワンダーラスト(Wanderlust)型・・・刺激性、文化見聞、現地交流といった動機が強いタイプ。旅行では、慣れ親しんだ環境を飛び出し、異なる文化や環境を通して、新しい発見が得られることを重視します。
3.ボンドラスト(Bondlust)型・・・関係強化の動機が強いタイプ。bondとは「絆」や「つながり」を意味します。家族や親しい友人を同行者とすることで、彼らと思い出を作ることを重視します。
さて、あなたはどのタイプに当てはまりますか??