櫻蕊降りて恋を成す〜向井純葉〜
夏の匂いが香り始める頃。
誰もいない。ここには誰も
純葉:…綺麗
海にカメラを向け、彼女はそう呟く
シャッター音と共に一瞬は永遠として切り取られる
この瞬間が私は好きだ
純葉:ふふっ、いいね
今日は一枚で満足できた
写真を眺めながら帰路につこうとした時
誰もいないはずの此処に
純葉:ん?……ひと?
私から少し離れた場所で海を眺める子が一人
私の通う学校の制服…
男子かな?
純葉:……
気づけばカメラを向けていた
なぜだろう……とても儚いと感じてしまった
しかし、シャッターを切ることができなかった
彼の時間を切り取ることになってしまう
純葉:…またね
また会える気がする
その時は喋りかけようかな…
◇
気づいたら、此処にいる
目的があるわけでもない
○○:……綺麗だな、ホントに
何度見ただろうか、この景色を
このちっぽけな命を飲み込んでしまうような
この広大な景色を
○○…ん?
此処には僕以外のひとはいないと思ってた
後ろ姿しか見えなかったが
おそらく同じ学校だろう
ポニーテールがゆったりと揺れていた
○○:…まぁいいか……
◇
今日も来てしまった
あのひとはいるかな?
昨日と同じ場所に彼はいた
ゆっくりと歩み寄る
純葉:……綺麗ですよね
○○:……来ると思った…
純葉:…えっ!?
○○:ちょっと…うるさいよ…
純葉:ご、ごめん……いひひっ
それからたくさん喋った
なんと同い年だったのだ!
クラスは違うけど……
○○:…てかさ、なしてカメラ持っとん?
純葉:え?○○って…流行に疎いん?
○○:ん?
純葉:純葉らの学校で流行っとるがん!
○○:あー……そうなんじゃ…
純葉:撮ってあげようか?
○○:いや、いい…
純葉:え〜なんでぇ?
彼は撮られること対してに嫌悪感を抱いてる
でもいつか収めたい
すぐ消えてしまいそうなほどに
あなたが透き通っていたから
純葉:ねぇ!学校でも会おうや!
○○:……学校では会えんよ…
純葉:え?
○○:…会いとうないわ、うるさいけぇ
純葉:なんなんよぉ、純葉傷つくんじゃけどぉ
○○:……ぷっ…あはははっ!
彼の笑顔を初めて見た
多分、バカにされたはずなのに
なぜだか心地よい苦しさを運んでくる
好きという感情なのだろうか?
よくわからない
純葉:……あっ、もうこんな時間…
○○:ホントだ
純葉:明日も会える?
○○:…うん、ここにいるよ
純葉:わかった!じゃあね!
去り際にこっそりカメラを向けようとしたが
彼の背中が拒絶しているように感じて…
◇
純葉:やっほー!○○!
○○:相変わらず元気すぎるな…
純葉:元気なのはいいことじゃろ!
なにを話すわけでもないが
ただこの空間が好きだから…
あなたが好きだから
純葉:○○って、好きなひとおるん?
○○:…好きって感情なんかな?
わからんけど…気になってるひとなら
純葉:えっ!?おるん!?
期待と不安で胸が張り裂けそうだ
…誰だろう?
私だったらいいなぁ…なんて
純葉:…誰なん?
○○:……教えない
純葉:んえぇ〜?
○○:ふふっ
彼のその微笑みを逃したくはなかった
カメラは彼に向けられ
シャッター音と共にその瞬間を切り取った
○○:っ!?ちょっと!?
純葉:いひひひっ、撮ってしもうた〜
撮れた写真を確認するが…
純葉:……え?
○○:………
確かに捉えたはずの彼の微笑みは
その写真に写り込んでいなかった
理解ができなかった
いや
理解はできたはずだが、したくなかった
だってそれはつまり
純葉:○○……?
○○:…だから撮るなって言ったのに…
彼はそういうと真実を語り出した
○○:僕ね、もう死んどるんよ
純葉:……
○○:4年ほど前かな?この時期にここでね
純葉:…そんな……
○○:何もかもが嫌になって、この海に身を投げたんよ
もうやめてよ…
そんな悲しそうな顔見たくないよ
○○:未練があってここにおったんじゃろうけど、肝心の未練とやらが何かわからんかったんよね
純葉:…未練
○○:でもね、わかったんよ
純葉:……なに?
○○:…恋……したかったんだ
ふと彼の表情が緩んだ気がした
……いやだ
それは未練がなくなったってことでしょ?
まだ…私の気持ちも伝えれてないのに
○○:もう…いいかな
純葉:……
あぁ…涙が溢れてくる
こんなにも思ってるのに
もう終わってしまうなんて
○○:…純葉
純葉:……なに…?
○○:……好きだよ
純葉:………え…?
○○:じゃあね!
純葉:っ!?待っt
彼の笑顔と共に強い風が私を襲う
咄嗟に目を瞑ってしまった
目を開けたそこにはただ海が広がるだけ
純葉:…純葉の想いを置いていかんでよ……
こんなにも両想いであることが
苦しい、寂しいのなら
好きになんてならなければよかった
◇
相変わらず、今日も此処に
いないはずの彼を探して
純葉:…綺麗だね
終わることのない恋をした
今日もカメラ越しにあなたを想う
いつか一瞬の中にいるあなたを
その尊く、儚いあなたを
大好きな君を
永遠とするために
私はその一瞬を切り取り続ける
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