家族の日常
迷子のお知らせです、と、館内放送が流れる。少女は枝のような足を止めて、耳を澄ます。
「青い野球帽を被り、白いスニーカーを履いた七歳の男の子」
少女はほんの少し口を開いて、近くのベンチまでとぼとぼと歩いた。
夕方のショッピングモールはそれなりの賑わいをみせている。空のベビーカーを押す女性が立ち止まって汗を拭う。白いマフラーを外して、暖房の効いた店内を行く。
制服を着た男子高校生の集団がエスカレーターを降りてくる。少女は反射的に立ち上がった。がやがやと通りすぎたあとで、少女はまた、ベンチに浅く腰掛ける。
もう一度お知らせいたします、と館内放送が流れる。青い野球帽を被り、白いスニーカーを履いた七歳の男の子。少女はふと横を見る。ぷらぷらと、白いスニーカーが揺れている。背中に隠した手に持っているのは、青い野球帽。少年は白い歯を見せて笑った。
「今、隠れんぼ中なんだぜ」
「ばっかじゃないの」
少女は少し澄ました顔で答える。ぴかぴかの白いスニーカーは左右交互に揺れている。
「おまえも一人なのか」
「おまえって言わないで。ゆま、八歳だし」
「八歳なの!すげえ、いいなあ」
さきほどの女性が、たくさんの荷物をベビーカーに乗せてまた通った。詰め込まれた荷物の中に、白いマフラーもくしゃくしゃと丸められている。
「お腹減ったなあ」
少年はズボンのポケットから、散り散りのティッシュペーパーと飴玉の包み紙とフエラムネの玩具の箱を取り出して、あーあ、と言った。
「なんもねえ」
「ねえ」
少女はスカートの足を揃え、背筋を伸ばして話しかけた。慣れないせいか足が少し震えている。
「ほんとは迷子なんでしょ」
少年はフエラムネの玩具の箱を開ける。中身は飛行機の形をしたプラスチック。青い帽子を裏返して、その中で飛行機をぶーんと動かし始める。
「ねえ、聞いてる? 呼ばれてるのよ、あんた」
飛行機はぽとりと、帽子の中に墜落する。
「おまえこそ迷子だろ」
「違うもん」
「じゃあなんでこんなとこ座ってんだよ」
寂しくなって、少女はうっすらと涙を浮かべる。それでも気丈に振る舞って、つんと上を向く。
「待ち合わせよ」
ベンチの後ろ側で、大量の水が光りながら流れ落ちた。それに合わせて音楽も流れる。水は青、緑、黄色、赤、どんどん色を変えて流れ落ちていく。
わあ、きれいだね、なんて、小さい子どもを連れた女性が立ち止まって微笑む。さきほどの男子高校生の集団が、あれ本物か?なんて言い合いながらやって来る。少女はそっぽを向いて、ふん、と言う。
「ぼく、迷子の子じゃない?」
と、近づいてきたカップルの男性のほうが少年に言う。少年はしどろもどろになって、ええと、あの、などと言う。少女は少しだけ、ふふ、と笑った。
青い野球帽が去っていく。それと入れ違いに、高校生くらいの背の高い息子を連れた親子が歩いてくる。少女は顔を輝かせて立ち上がる。息子はちらりと少女を見て、軽く目を細める。少女は駆け寄る。親はさっさと歩いていく。息子だけが少し、歩を緩める。
それから、隣に並んだ少女の肩を、長い腕で優しく抱き寄せた。
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