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ギルティ
シートベルトに頬を押し付ける。運転席から顔が見えないように。少しむくれた様子が伝わるように。
「なあに、どしたの」
甘えた声を出して、修哉は腕を伸ばしてくる。あたしの首筋を撫でる。髪の毛をくすぐる。襟からすっと指を入れて、下着の紐を引っ張る。
「いや、やめて」
あたしはその手を避けようとする。運転しながらなのに修哉は全く引かない。だからあたしは、そのいやらしい指を仕方なく自分の手と絡めて、肩に落ち着かせる。
水しぶきのうるさい、雨の首都高。修哉は爆速で駆け抜ける。深夜。オービスあったらどうしよ、なんて笑いながら、あたしを家に送り届けるために走る。ホテルを断ったあたしを。
やっちゃえばよかったのかもしれない。別に処女でもなかったんだし。初めてのお出かけで、めちゃくちゃ楽しくて、調子に乗って草津までドライブして、夜は遅くて、修哉は疲れていて、それでも、ホテル取っちゃったんだけど、なんて言ってほしくなかった。あたしをそんな軽い女のように扱ってほしくなかった。
手慣れているのが、またむかついた。
「璃花子」
修哉の指が、あたしを温める。夜、少し肌寒い車内、フロントガラスに打ち付ける雨。
「いつ俺の女になってくれんの」
ぼそりと聞こえた。はっとして運転席に向き直る。修哉もむくれていた。眼鏡をして、真剣に前を見つめる。前だけじゃない、実はいろんな方向に細かく視線を配って安全を確認しながらあたしを運んでいる。ものすごく運転のうまい彼は、それだけ頭の良い男だということだ。
「今日、ごめんね、いきなりホテル行こうとか言って」
あたしは黙っている。代わりに、繋いだ左手にぎゅっと力を込めた。元カノは七人いて、経験人数はその数倍いて、平気でワンナイトとかしてしまうような遊び人だったこの年上の男は、でも今は、あたしに何もせずに家まで送り届けている。
「でも俺、今日完全に璃花子を俺の女にしちゃいたくて」
ちらりと一瞬あたしを見た。
「じゃないと、明日には心変わりしてその彼氏の方に戻っていっちゃうかもしれないでしょ」
どきっとした。
「璃花子を好きだってだけだよ」
修哉が少しずつ速度を落とす。車線を変更して一番左に。ETCを積めないほど古い、大切にされている車。緑色のゲートに入っていく。
悪いのはあたしだ。彼氏と喧嘩して、嫌気が差してもう別れたいと思ったときに、修哉に電話をして、そうしたら気晴らしにドライブに行こうなんて言われて、のこのこついてきちゃったあたし。手を繋がれても、キスをされても拒まなかったあたし。まだ彼氏と別れていないのに、修哉の好意を受け入れてしまったあたし。
「ごめん」
すぐに片付けてくる。修哉の女になるよ。それくらい好き。だから。
だから、大切にして。
とん、とん、と、手の甲を叩く。雨は優しく車を包む。思考が遮断されて、でもとろりと甘い空気の中、あたしは完全に修哉の女だった。悪いのは全部あたしだ。執行猶予もつかない、完全なるギルティ。今の彼氏にはせめて嫌われて終わろう。
修哉の左手があたしの指から離れて、気付けばコンビニの駐車場だった。顎をすっと持ち上げられて、キスをする。舌を入れなくてもふわふわするような、優しいキスをする。それから頭をぽんっと撫でられて、ちょっと待ってて、と言われる。修哉は車を降りる。ほんの少し寒いあたしのために、温かい飲み物を買ってきてくれる。最低でもいい。幸せだからいい。あたしは先へ進む。
シートベルトに頬を押し付けて、今度は全身の力を抜く。修哉の香りのする車内で、首筋に残る体温を感じながら。あたしはそっと目を瞑った。
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