仲直りアンサー
首にかけるお財布のがま口を勢いよく開ける。中に入れた百円玉たちが飛び出してちらばる。屋台のおじちゃんが、あーあという顔をした。
「もう、ばかだなあ、由紀は」
「うるさい、手伝ってよ」
あわててひろい集める。むだづかいしないのよ、とお母さんがくれたお金。お祭りで使いやすいように百円玉で、千円も入っている。
「ごめんなさい」
「いいよ、おいしく食べな」
からあげの屋台のおじちゃんは毎年一緒だ。たぶんあたしのことなんて覚えていないけれど、ひとつぶおまけしてくれる。
「ありがとう」
四百円をはらって、列からぬける。
「由紀、あっちで食べようぜ」
先に買っていた勇人が指をさす。境内の開けたところに、大太鼓をぐるりと囲んでいすが並んでいるのだ。あたしは落とさないようにからあげの詰まった紙コップを両手でしっかりと持って、勇人についていく。
「あら、勇人くんじゃない」
「玲ママじゃん」
「由紀ちゃんも一緒なのね」
「今年から、ふたりで来ていいって。な」
「ふたりともしっかりしてるもんね」
玲くんのママは優しく笑いかけてくれる。年上の人には礼儀正しくしなさいとママに言われてから、あたしは友だちのお母さんたちともうまくしゃべれなくなってしまった。
「ありがとう、ございます」
「わ、敬語なんて使えるようになって」
くすくす笑いながら、玲くんママが手をふる。勇人がべーっと舌を出した。
「かわいこぶりやがって、由紀のくせに」
勇人がばかのまんまなだけでしょ。もう五年生なのに、大人のひとに向かって礼儀がなってない。
「うるさいな」
あたしもあっかんべーで返す。ふん、と鼻をならして、勇人はいすに座った。
毎年お決まりのビンゴ大会のアナウンスが入る。参加希望の方は、大太鼓のまわりにお集まりください。玲くんがママと一緒に近くを通った。わたあめを持って、口の周りをベタベタにして。玲くんママが、それをウエットティッシュでふいてあげている。
「玲のやつ、だっせえ」
「勇人だって去年あんなんだったよ」
「はあ? ちげえよ、それに今年は母ちゃん来てねえし」
こうやってすぐ、人に嫌味を言うところとか、ばかだなあと思う。
「あたしと一緒だからでしょ。勇人はばかだから一人じゃ無理だよ」
「由紀なんてお金ばらまいて泣きそうだったくせに」
む、と、言葉につまる。にらみつけてから、だまってからあげを口に放った。勇人もそうしていた。はっぴを着たおばちゃんが近づいてきて、あたしにビンゴ用紙を二枚、くれる。
「かわいらしいカップルね」
「違います!」
顔を真っ赤にして立ち上がると、おばちゃんはにっこり笑って去っていった。
「もう、さいあく」
「こっちのせりふだろ」
「勇人なんて、知らない」
ビンゴなんてする気にはなれなくて、あたしは紙を二枚とも勇人に押しつける。一人になりたかったから勇人のぶんも、からあげの入っていた紙コップと爪ようじを回収して捨てに行く。
ゴミ捨て場の近くに、景品置き場があった。ポケットティッシュとか、うちわとかが山積みになっている。中には絶対にいらなさそうな、頭に丸のついた変な棒とか、不気味なあひるのおもちゃとかもあった。
ビンゴなんか楽しいのは暇なお年寄りとばかな子どもだけだ。そう思ってちらりと遠くから見ると、勇人が真剣に二枚とも穴を開けているものだからおかしくなる。ばかな子ども、発見。
せっかくだから一人で屋台を見て回る。お母さんも勇人もいないお祭りなんて初めてだ。なんて自由で、きらきらして、すてきなんだろう。
でも、なんだか変だ。ヨーヨーつりも、水あめのじゃんけんも、チョコバナナのサイコロも、射的も、くじも、する気になれなかった。子どもたちのむらがる輪の中にひとりで入っていくのが怖かった。いつもなら、勇人があたしの手を引いて駆け出していくのに。
チリンチリン、と、音がなった。ビンゴの当たりが出たみたいだ。勇人はどうなっただろう。
仕方がないから、様子を見に行ってあげよう、と思って、駆け出す。気がついたら全速力で走っていた。勇人がさびしい思いをしているかもしれないから、早く行ってあげないと。
勇人は真面目な顔をしてあたしを待っていた。あたしをすごくにらんでいて、口はきっと強く結ばれていた。その手には、あの、変な棒。
「それにしたの? ばかじゃん」
ふ、と口角がゆるむ。でも勇人がいつになく真剣なので、頑張ってこらえる。よりにもよって、その棒。
「いらねえから、やるよ」
勇人がつき出したのは、頭の丸いところにAの文字が書かれた棒。あたしが静かに受け取ると自分はQの棒を立てて、ぼそりと言った。
「仲直り、するか?」
あたしにはQとAにどんな意味があるのかまだわからなかった。でも勇人は確か英会話に通っていたことがあった。勇人は意味を知っているのかな。あたしがAを持っているのには、何か意味があるのかな。
「うん。ばかって言って、ごめん」
「こっちも、ごめん」
安心したみたいに勇人が笑う。なんだかちょっとかわいらしい笑顔だ。
「よし、水あめ食おうぜ」
俺がじゃんけん勝って食わせてやる、なんて、走り出す。棒を振り回すから、あたしが二本とも回収した。今度意味を教えてもらおう。おもしろそうだから、これを使って遊ぼう。
元気を取り戻して楽しそうな背中を追って、あたしもあわてて走り出した。
このお話は どきどきクエスチョン の続編です。続編というか、スピンオフというか。ふたりがまだ恋心を抱く前のお話。Q&Aの棒はこのときからふたりの大事なおもちゃになりました。この棒がどう活用されたかは、どきどきクエスチョンでぜひご確認ください!お読みいただきありがとうございました。