坂の上の家
ガシャンとカゴが鳴る。レジ袋は有料化したけどついつい買ってしまう。レジ袋を持って帰ると妃那が喜ぶから。
「チョコ!チョコ味ねー」
電話越しの声を想う。無邪気な女の子。
鼻歌を歌いながら坂道を駆け上がる。たくさんの街頭が道を照らす。生暖かい夜風に僕の歌声が乗って行く。
バナナが いっぽん ありましたっ
あーおい みなみの そらのしたっ
坂道がだんだんきつくなる。立ちこぎになって、息を弾ませながら歌う。ガシャンガシャンとカゴが鳴る。妃那の電動自転車を借りれば良かった。
こどもが ふたりで とりやっこ
バナナは ツルンと とんでったっ
自転車を停めてはぁはぁと息をつく。後ろを振り返れば夜、深い夜景が広がっている。今の家に越してから妃那とふたりで何度も眺めた。あと数時間もすればこの坂道の奥からちょうど朝日が昇って美しいのだ。
僕にとって、夜は静かなものだった。
車ででかけて夜景を見たり、少し良いご飯を食べてお酒を飲んで、妃那とふたりで、口数少なく愛し合うような、そんな時間だった。
帰路に向き直る。あと少しだ。自転車から降りて押し始める。
バナナは どこへ いったかなっ
バナナン バナナン バ ナ ナ!
「あ、パパだ!」
無邪気な声が聞こえる。顔を上げると、頭の上で髪の毛をちょこんと結んだ小さな女の子。愛しい、愛しい女の子がいた。
「花那」
「パパ、遅いよー!」
こちらへ駆け出してくる。後ろから妃那が笑う。
「栄斗、結構声でかかったよ」
花那は僕の自転車のサドルによじ登る。危ないぞ、と言いながら、支えて少し動かしてやる。花那はきゃっきゃと笑う。それから、とんでったバナナの二番を教えてくれる。
ことりが いちわ おりましたっ
やーしの こかげの すのなかでっ
おそらを みあげた そのときに
バナナが ツルンと とびこんだっ
「え、ことりはどうなっちゃうの?」
「パパうるさいよー」
はねも ないーのに ふんわりこ
バナナン バナナン バ ナ ナ!
「ふたりとも声大きいよ、近所迷惑になっちゃう」
妃那が言うので、僕と花那は顔を見合わせて、しーっと言う。それからけらけら笑う。
「花那ちゃん、アイスはチョコ味で良かったんだよね?」
「ええ、やっぱりバナナがいいー」
「えー?バナナはパパが食べたかったのになー」
カゴの中で、チョコとバナナと妃那の好きなイチゴ味のアイスが音をたてる。
夜は静かなものだった。でも花那のおかげで、夜が賑やかになった。毎日花那が寝るまでの時間は、花那のおしゃべりや歌や泣き声が家中に響いている。僕も妃那も、前より笑顔が大きくなった。
晩ごはんの後のアイスひとつで盛り上がれるこんな夜が、僕は好きだ。
「パパ、バナナははんぶんこだよ!」
「しょうがないな」
妃那が笑っている。花那も笑っている。
愛しいふたりを連れて、今日も家に帰る。