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あめだま

 黄色い屋根の可愛らしい小屋で、小さな女の子がひとり座っている。横幅が二メートルほどもある焦げ茶色の机に、臙脂色の二人掛けのソファを置いて、その真ん中に小さな背中をぴんと反らして座っている。白くて小さい手のひらは、お人形みたいなひらひらのスカートに軽く添えられている。机の上には湯気の立つ白湯の入ったティーカップと、その隣に白いコースターがあって、はっと目の覚めるような鮮やかな赤色をしたキャンディがふたつ、転がっていた。

 カランカラン、と音が鳴って、ひとりの女が内開きの玄関を突き破る勢いで入ってくる。

「ごめんください」

真っ白なワンピースに、真っ黒なショートカットの髪型をした、赤い口紅の女が言った。

「私、怒れないの。治してくれない?」

そして、女の子の目の前まで、かかとを鳴らして歩いてくる。女の子は瞳をぐるんと輝かせて、歌うように言った。

「怒れない人なんて、いませんよ」

「いいえ、怒れないのよ。私はね、カフェの店員に熱い珈琲をかけられたり、ポストに大量の蝉の抜け殻を詰め込まれたり、彼氏に二股されたりしても、怒れなかったんだから。にこにこ笑って、大丈夫よ、なんて言ってしまうの。感情が欠落しているんじゃないかしら」

まくしたてられても、小さな女の子は背筋をぴんと保ったまま、涼しい声で答えた。

「そんなことありませんよ。怒れない人なんて、いません」

女はたじろいで、一歩下がる。カツン、と床が鳴る。それからもう一度、言う。

「お願いよ。困っているの。治してちょうだい」

女の子は、ふふっと笑った。

「あなたの勘違いです。怒れない人なんて、いませんからね」

その瞬間、女の短い髪の毛がぶわっと逆だったように見えた。女はもう一度かかとをカツンと鳴らすと、自分よりずっと小さな女の子をきっと睨んだ。

「なによ、少し変わっているけど有能なお悩み相談所だって聞いて来たのに、人の話も聞いてくれないじゃない。しかもこんな子どもだなんて。ありえないわ。もう帰ります」

「ありがとうございました」

女の子はにっこりと笑って、ふかぶかと頭を下げた。柔らかな金色の髪の毛が、ふわりと揺れる。

 カランカラン、と音が鳴って、女が出ていく。慌ただしいかかとが真っ白な床を鳴らす。ぴかぴかの床が歌う。

 曇り硝子の扉が閉まると、ふたたび静寂が訪れる。白い床は眩しく輝き、焦げ茶の机が小さな部屋を埋める。ふかふかのソファは少し、女の子のお尻の跡がずれている。

 ふと、少女はティーカップを手にとって、お湯を飲む。ふう、ふう、と二回息をかけて、恐る恐る口をつける。彼女がもう一度カップをソーサーに戻したとき、その中にはもう一滴も残っていなかった。

 カランカラン、と音が鳴る。女の子はちらりとそちらを向いて、いらっしゃいませ、と歌うように言った。

 その声は鈴のように、小さく、でも確かな余韻が残る声であった。静かな、机とソファ以外は何もない部屋の中によく響いた。扉は拳ひとつ分開いたまま、真っ白な床を赤い夕陽が照らす。

 女の子は真っ赤なキャンディを指でつまみあげて、夕陽に透かしてうっとりと眺める。きらりと一周光ってとろけそうな、まんまるのキャンディだった。それから、女の子は腕を伸ばして、机の向こう側へぽとりと、キャンディを落とす。ぴったり五秒待ってから、もうひとつも同じようにした。

 不思議なことに、白い冷たい床を真っ赤なキャンディは転がることなく、一筋差す夕陽に向かって一直線に歩いていくのだった。キャンディが少しずつ進むたびにきらりと光って、それを見つめる女の子の青い目もぐるりと輝いた。真っ赤に光るふたつの粒が扉の隙間を通り抜けて、カランカランと鳴ったとき、女の子はひとりでふふっと笑った。

 白い絹のコースターと、空になったティーカップだけが焦げ茶の机に静かに佇んでいる。女の子はみたび静寂に包まれる。ふわふわと華奢な肩にかかる金色の髪の毛が、お行儀良く波打っている。

 中の見えない曇り硝子の扉の外で、眩しい黄色い屋根が橙色に輝いていた。

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