いちごデコレーション
「小坂さーん、これどうしましょうー」
俺は、はぁ、とため息をつく。一々聞かなくたって、考えればわかるだろうに。マニュアルだって渡しているのに、どうしてひとりでできないんだろうか。
「書いてあるとおりに、いちご並べて、ナパージュ塗って、粉糖まぶして、ピック差して完成」
もうクリームまで塗られた状態で出荷されるデコレーションケーキの仕上げは誰にでもできる簡単な作業だ。バイトの子にも早く覚えてもらわなくては困るし、できればもっとテキパキと動いて欲しい。
うるさい子が入ってきたな、という印象だった。確かに笑顔は悪くない。元気も良くて、態度だけ教え込めば接客には使える人材になりそうだ。でも、自信がなくて、なんでも人に聞いてくる。そのときにすごくうるさい。大げさに反応するし、こんなのできません、と言うところはなんとかしてほしいものだ。
「小坂さん、これで合ってますか」
「合ってる、合ってる」
篠原さんは、良かった、と息をついてから、残りのデコレーションに取り掛かった。
いちごを半分にカットして、並べる。ツヤツヤにするために、ナパージュを塗る。ナパージュは温度が四十度くらいになるように、少し冷ましておく。ツヤツヤのいちごと少しずらして、粉糖で雪を降らせる。見栄えの良い位置に、店名の入ったピックを差す。
「あそうだ、篠原さん、今日は予約が入ってるから、プレートも付けてあげて」
「プレート! チョコペンで書くあれですか」
「それ。ハッピーバースデーはもう入ってるから、名前書くだけだよ」
「チョコペンなんて使ったことないので無理です…怖い…」
必死に首を振るから少しムカついて、わざとらしく、はぁ、と言ってやる。
「何事も経験しなくちゃ。それに、こういうのは女性の方が向いてるんだよ」
ペンで文字を書くだけだ。それの何がそんなに怖いと言うのだろう。慣れてしまえばこんなもの、紙に書くのとそう変わらないのに。
冷蔵庫のチョコプレートの場所を示し、チョコペンを持ってくる。書き終わりは少し戻してから離すとチョコが垂れないから、と説明する。
「ほら、名前、あんりちゃんね」
手渡すと、篠原さんは変な顔をしてから言った。
「やばい、怖い!」
「大丈夫だから」
「やっぱり代わりません?」
「だめ。なんでそんなに自信ないの」
篠原さんは、息を震わせた。眉をしかめて、チョコペンとにらめっこしている。深呼吸をしてから、書き始めたようだ。
しばらくして、彼女は答えた。
「だって私今、あんりちゃんのお誕生日の思い出の一部を担っているんですよ」
隣の台でケーキを作っていた俺は、はっと息を呑んだ。
「お誕生日にホールケーキなんて、幸せに決まってるじゃないですか。でももしそのプレートの文字がガタガタだったら、絶対悲しい」
真剣な彼女の手元をちらりと見る。大きな、綺麗な文字で、あ、と書かれている。なんだ、俺より全然上手じゃないか、と息が漏れた。
「私も名前の書いたチョコプレート、食べてみたかったですもん。ホールケーキなんて買ってもらったことないけど」
もう慣れてしまって、ただの機械的な作業としか見ていなかったものを、彼女は一文字一文字丁寧に書いていく。その先にある笑顔を思い浮かべながら。
「あんりちゃん、おめでとうございます、っと」
出来上がったプレートは大した出来だった。字が綺麗なだけでなく、大きさや太さも均一で見やすい。うまいじゃん、と褒めてやると、篠原さんは眉をハの字にした。
「良かった」
俺も、良かった、と思った。この子が入ってきてくれて、良かった。こんな心持ちでケーキを作ってくれる子で、良かった。
「ほら、すぐ次のケーキ作る」
今度はチョコレートケーキのデコレーションを教える。またいちごをカットして、乗せる。
いつも通りの機械的な作業。でもその向こうには、特別な日にケーキを頬張る笑顔がある。そう考えたら、ツヤツヤのいちごたちがいつもよりずっと、輝いて見えるのだった。
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