【その2】「接待は是か否か?」お客様と、良好な関係を築くには・・・
お客様との関係で、これがベストの形はありません。
結論的には、お客様とのビジネスでいかにWin-Win関係が
継続し、お互いが利益を出せるか。
これがポイントになります。
私の例を、ご紹介します。
オランダ系の会社にいたときのことです。
売り上げが予算対比で60%しかいかず、どうあがいても、
年度予算が達成できない状況がありました。
(実は、売り上げ予算30億円で、達成は18億円に行くか
行かないかくらいでした)
自動車業界のビジネスですから、急に車が売れだして前月比で
3倍とか、5倍とかにでもならない限りは予算達成は不可能です。
かつ、悪いことに他事業部から配置転換してきた副事業部長が、
毎日のように、予算達成できないのは馬鹿だチョンだと、
めちゃくちゃ怒鳴りつけます。
少しだけ言い訳をすると、その年は私が他部門から異動して
きたばかりで、その売上予算はその時の部長が市場動向や
お客様の年間数量計画予想などの情報を、全く配慮せずに
作成したデタラメ予算なので、最初から達成無理なもの
だったのです。
(たぶん、上に言われて仕方なくの部分があったかもしれません)
とは言え、達成に向けて少しでも近づけなくてはいけませんので、
顧客大手3社の、K社、S社、I社に部下を連れ、頭を下げに行きました。
もちろん注文くださいと。
副事業部長は、「頼んで注文がもらえるなら、毎日行くよ!!
馬鹿かお前らは!!!」と真っ向から否定的、かつ罵倒的です。
今なら、パワハラで訴えることもできますが、当時はそんな感覚は
ありません。
しかし、私には部下(G君)と共に構築した顧客との「鉄壁な人間関係」
がありました。会食も何度かしています。当時はリモート会議や、
リモート会食なんてありませんでしたから・・・
結論から言うと、K社は「看板でやっているから、在庫が増えるので
不可能です」と、剣もほろろ。
実は一番ここに期待はしたのですが、主要納入先がカンバンで有名な
会社なので無理は承知でした。
S社とI社は、異口同音に「それは困ったでしょ?日頃よくやって
もらっているので、翌1月の注文は減るけど、12月分で4千万円
くらいなら注文はだせるけどいい?」と言ってくださいました。
もう目から涙です。普通の商売ではありえない話です。
しかも、その金額です。それでも予算達成は不可能ですが、
そこは気持ちの問題です。
この御恩は一生忘れません。I社F川技術部長さんと、
S社J購買課長さんです。
F川さんは、技術部長なのにそういう権限を持っている人でした。
K大学医学部を合格したにも関わらず、J大学の理工学部に進み
卒業後なんと若い歌手(その後超有名になった)のマネージャー
をやっていたという変わった経歴のある人でした。
帰社し、副事業部長に「8千万くらい売り上げ増です!」と
報告したら、「ふーん、キトクな会社もあるもんだね。
でも30億にはぜんぜん足りないね・・・」と、
褒めてくれるわけでもなく、ネガティブな反応だけでした。
私としては、それまでにあまり持ったことのある気持ちでは
ありませんでしたが、その時だけはさすがに”殺意がめばえ”
「首を締めてやろうか」と思いました。
もちろん理性が勝っていたので、実施しませんでしたが・・・
話を戻しますと、良好な顧客関係とは、
「時々は、無理を聞いてもらえる」
ことではないでしょうか。しかも腹を割った話を会食などの
場でしながらです。
ちなみに、その副事業部長は一日中新聞を読んでばかりで
仕事をせず、そのうち首になりました。
個人的な意見ですが、その副事業部長は購買部門出身で、
購買の経験しかしていませんから、顧客(サプライヤー)の
気持ちなんかはわかりません。
いくつかある「業者の一つ」としか考えていないのです。
それこそ、購買なんて接待漬けでしょうから、御馳走されて
当たり前の世界です。
人の気持ちの機微はわかりません。ちょっと愚痴っぽいですが。
やはり、胸襟を開いて、腹を割ってお客様と話す、これはリモート
ではできませんし、昭和的ですが酒を酌み交わしながらというのが、
いまだに日本人が持っているマインドではないでしょうか?
追伸:
昨日20年ぶりに当時同じ部門のアジア担当の責任者だった
オランダ人と神楽坂の居酒屋で会いました。
休みで家族と日本観光に来たので会いたいということになりました。
いまだに私のことを覚えてくれていて、会うのを楽しみにして
くれていたそうです。
会は盛り上がりました。彼も還暦すぎですが、いまだに元気で
働いていました。
最後まで笑顔で話しました。いつも秘密はなく、胸襟を開いて
話をしていたおかげで、20年の年月を経ても「また会いたい」
ということになるんですね。