風の靴。
「ちょっと○○!起きなさいよ!」
夢現の最中、姉の声で目が覚める。
「んだよ彩ねーちゃん。俺今日休みなんだって…」
寝ぼけ眼を擦りながら俺は言う。
「今日めいめいが家に来るからさ、あんまり一人で騒がないでね。」
めいめいというのは彩ねーちゃんの親友である芽依さんのことだ。
よく彩ねーちゃんと遊んでいるが、特段俺と仲が良いわけではない。というか、ほとんど喋ったこともない。
「あー、じゃあ俺、外出てようか?」
「そこまでしなくてもいいけどさ、まぁ○○の事だから大丈夫だとは思うけど一応!って、時間ないから行くね!」
「へいへい。行ってら。」
彩ねーちゃんは大学の講義があるので行ってしまった。
俺も一応大学生なのだが今日は講義がないので家でゆっくり過ごす予定だ。
「…とりあえず、もう一眠りだな。」
トイレだけ済ませた俺は再び布団に潜る。
まるで魔法のような暖かさに、すぐに意識が沈んで行くのがわかった。
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目覚ましのアラームが鳴っている。
俺はそれを少し躊躇いながら止める。
設定した時刻通りなら、もう昼前のはず。とりあえず彩ねーちゃん達が家に来る前に昼メシだけ済ませておこう。
キッチンにあったカップラーメンをペロリと平らげた俺は、家にあったありったけのお菓子を抱えて部屋へと向かう。
そろそろ彩ねーちゃんが帰ってくるはず。そしたら暫くは部屋から出られないので必要なものは全て持っていかないと。
まるで冒険に出る前の身支度のようで、俺はワクワクしながら部屋へと戻って行った。
「たっだいま〜!」
程なくして、彩ねーちゃんが帰ってきた。
寝転がって携帯ゲームをしていた俺は、一応おかえりー!と返答する。
「○○!入っていい?」
扉の向こうから彩ねーちゃんの声がした。
「いいけど、どしたん?」
ガチャリとドアを開けた彩ねーちゃんの後ろには芽依さんの姿もあった。
「シュークリーム買ってきたけど食べる?」
「マジ?食べる食べる。置いといてくれたら後で取りに行くわ。」
「コーヒーも入れたげるからリビングおいでよ。」
なんとも魅力的な話だ。断る理由もない。
「サンキュー。じゃあ行くわ。」
俺は立ち上がるとリビングへと向かう。
彩ねーちゃんはキッチンでコーヒーを入れてくれている。
そしてダイニングテーブルで俺と芽依さんはそれを待っている。
『………………』
沈黙が流れる。
一応、話はしとくか。
「芽依さん、こんにちは。」
「え、う、うん。こんにちは。」
「シュークリームありがとうございます。」
「ええよ、芽依が食べたかっただけやし。」
「あ、そなんですか。」
「………」
「………」
なんだこの気まず過ぎる会話は。
「はーいお待たせー」
救世主とも言える彩ねーちゃんがコーヒーを持って着席する。
「サンキュー」
俺はそれを受け取ると、芽依さんにも配ってやる。
「オープーン!」
彩ねーちゃんはノリノリでシュークリームが入った箱を開ける。
「おぉー美味そう」
箱に書いてある店は近所でも有名なケーキ屋さんの物だ。
ここのシュークリーム美味いんだよなー。
「写真写真〜♫って、あ、あれ?携帯どこやったっけ?」
彩ねーちゃんはポケットに手を入れて呟く。
「……あ、多分コンビニのトイレに忘れたっぽい。」
「えぇ〜、彩ねーちゃん何やってんだよ。」
「ごめん、取ってくるわ。2人とも先食べてて!」
「えー芽依も行こか?」
「大丈夫大丈夫!すぐ近くだし一人で行ってくる!」
そう言うと彩ねーちゃんは走って家を出て行ってしまった。
「……」
「……」
再び沈黙が訪れる。
「と、とりあえず食べましょっか。」
「そやね、コーヒーも冷めてまうわ。」
俺と芽依さんは2人でシュークリームを食べ進める。
「うめー!」
「うめぃ!」
モグモグと口を動かしていると芽依さんがチラチラとこちらを見てくる。
「どうしました?」
「あ、あのさ、○○くん。もうすぐあやの誕生日やんか?今度一緒にプレゼント買いに行くのについてきてほしいねんけど…」
予想外のお誘いに少し言葉が詰まる。
「え、お、俺ですか?」
「芽依な、東京来たばっかりやからようわからへんねん。友達もあんまおらへんし。」
確かに、彩ねーちゃんから芽依さんは関西出身だと聞いたことがあった。
「そういう事なら全然いいっすよ。荷物持ちでも何でもします。」
「ありがとう。あやには言わんとってな、ビックリさせたいから。」
「わかりました。」
コーヒーを飲みながら連絡先を交換していると、彩ねーちゃんが帰ってきた。
「ごめんごめん、ただいま。って、何の話してたの?」
「いや、別に。」
何も悪いことはしていないが、2人だけの秘密を隠しているようでほんの少し心地が良かった。
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約束の日。
「あ!芽依さーん!」
大学の講義終わりに待ち合わせした場所へ向かうと既に芽依さんがいた。
「すみません!お待たせして!」
俺は芽依さんの姿を見るや否や駆け出して謝罪する。
「ええよ、講義お疲れさん。」
芽依さんはニコッと笑う。
「ほんなら行こか。ついでに芽依の買いもんとかしてええ?」
「もちろん!どこまでもついて行きます!」
「なんやそれ(笑)」
この前、家で過ごした時よりは遥かに話せている。
お互いの世界に染まり始めたのだろうか。
「そこ、足元気ぃつけや。」
「は、はい。」
一つわかったことがある。
芽依さんはめちゃくちゃ男前だ。
今も当たり前のように車道側を歩いてくれる。
そしてもう一つ。
芽依さんは歩くのが速い。
身体は小さいのに、スタスタと歩いて行く。
俺はそれに置いていかれないようについて行く。
チラチラと後ろを見てくれるのにも、俺は当然気が付いている。
「見て見て〜可愛い〜」
気に入った服を試着してはしゃぐ芽依さん。
「なぁ、ボーリングしようや。負けたらジュース奢りな!」
普段の雰囲気からは想像もつかないような運動神経で身体を動かす芽依さん。
「見て○○くん、この服あやにピッタリじゃない?あ、こっちもええな〜!」
友達想いの芽依さん。
そのひとつひとつが、俺には輝いて見えた。
「今日はありがとうございました。あと、晩御飯まで奢っていただいて…」
俺は当然のように店も予約して奢ってくれた芽依さんに頭を下げる。
「ええよ、芽依の方が先輩やし。あやの弟になんて出さされへんわ。」
「すみません、男なのに…」
「何言うてんねん。ほら、家まで送ったるから行くで。」
「は、はい!」
俺はまたニコッと笑う芽依さんの後をついて行く。
やっぱり歩くのが速い。
急がないと置いていかれてしまう。
一つわかったことがある。
俺はこの人の全てが好きだ。
でも、今はまだ。
追いつけやしない。
だから
だから、いつか、俺が風の靴を履いて会いに行くので。
それまで待っていてくれますか。