宇宙葬-新しい葬儀の選択肢
俄かに話題の宇宙葬について、サービスの実態や未来について解説します。価格については触れません。
・話題の宇宙葬とは
2019年6月現在話題になった切欠である堀江貴文さんの発言(https://twitter.com/takapon_jp/status/1134048004070002688)が指す宇宙葬とは、遺灰をカプセルに詰め、このカプセル複数をロケットに搭載して打ち上げ、高度100kmを超えて宇宙空間を飛行した後に数分で地球へ落下させるサービスと考えられます。海外では既にこの種のサービスが執り行われています。
・スペースデブリになるんでしょ?
MOMO型を用いた打上げではスペースデブリになりません。
MOMO型ロケットは衛星軌道に乗るのに必要な運動エネルギーを生み出せませんので必ず地球へ落下します。将来は国内でも衛星軌道に投入する宇宙葬が執り行われる事になるでしょうが、宇宙葬衛星は明らかに運用中の人工衛星であり、スペースデブリ(運用停止衛星や使用済みロケットの一部)にはあたりません。正確な軌道情報が共有されますので、起動計算を行い、必要に応じて衝突を回避することが出来ます。そして衛星の寿命内に地球や月へ衝突させると考えられます。
・流れ星になるんでしょ?
MOMO型を用いた打上げでは流れ星になりません。
MOMO型で出せる速度は秒速1km少々、それも極短時間に過ぎませんので、表面温度は300度Cに届くか届かないか程度です。発生する熱が少ないため顕著な発光現象とはなりません。
流れ星と呼ばれる発光現象を起こすには非常に高い速度で大気と衝突する必要があります。地球を周回できる秒速7km強で大気と衝突すると3000度C以上の熱が発生し、流れ星として明るく輝きます。この速度は人工衛星打上げロケット等の高性能なロケットでないと達成できません。
・現在の宇宙葬
2019年6月現在、日本国内で行われている宇宙葬は風船を使ったものです。風船の中に粉末にした遺骨を封入して打上げ、上空20kmから30kmで風船が自然に破裂することで上空散骨を行うというものです。このサービス名「バルーン宇宙葬」は商標登録されています。
宇宙との境界は国際航空連盟(FAI)の定めによると高度100km、米国空軍は80kmとしており、気球を使った宇宙葬はどちらにも達しませんが、旅客機の飛行高度が14km程度である事を勘案すると非常に高い高度と言えます。こういった式は故人や故人を想う人々の宇宙への想いを形にするという事が重要であり、宇宙想としての性質が強いという意味で、宇宙葬と呼ぶことに疑義を挟む必要はないと考えられます。
海外ではCelestis, Inc.がロケットでの「宇宙葬(Memorial Spaceflights)」の実績を多数持っており、1年あたり1便弱程度の頻度で打ち上げを行っています。商用のサブオービタル・オービタルだけでなく、NASAのプロジェクトに参画し、遺骨を月面へ衝突させた実績もあります。
UP Aerospace, Inc.は2014年にCelestis, Inc.のミッションを、SpaceLoft XLロケットを使用して執り行い、別ミッションと同時に30体の遺骨を高度124.3kmへ打ち上げ、その後地上回収に成功しました(こういった形態のサービスを「宇宙旅行プラン」と紹介する代理店も存在します)。
・宇宙葬と葬儀の関係
この事を考える前に特に注意せねばならない点があります。ロケットを使った宇宙葬は、宇宙葬の全てではなく、宇宙葬という概念に合致するサービスの一形態でしかありません。下表のうえでは、遺骨のプロセスの一形態にすぎないのです。この前提を踏まえないと大きな誤解のもととなります。
既存宗教宗派や地域文化は、葬儀においてやるべき事や、やらざるべき事を規定しています。施主や遺族は故人との関係や個人的な価値観を勘案し、そして既存規範をある程度尊重し、何を執り行い、何を執り行わないか、といった葬儀の内容を決定する流れとなります。
一方、宇宙葬は歴史の浅い概念であり、葬儀においてやるべき事や、やらざるべき事を規定していません。既存宗教宗派や地域文化と親和性の高い執り行いや、全く新しい執り行い、そして合致しない執り行いもありえます。例えば下表の「宇宙に因んだ戒名」を許容するか否か、どの程度許容するかは宗派によってまちまちでしょう。「宇宙への想いを反映させた告別式」も行き過ぎれば参列者を不快にさせかねません。ロケットを用いて軌道投入、流れ星とする場合は、流れ星を凶兆とみる文化もありますし、故人が星になれたとポジティブに受け止める人も居れば、高温に晒されてかわいそうと嘆く人も居ます。
宇宙葬という概念はこれから幾多の形態のサービスの実施や議論を経て文脈が形作られ、文化として受け入れられてゆくでしょう。2019年現在、宇宙への想いを葬儀に反映させるという試みは、いまだ途上です。
・近未来の宇宙葬とさまざまな可能性
前述堀江貴文さんの発言から推測される、サブオービタルロケットMOMO型を利用した宇宙葬は、国内初のロケット打ち上げ型、宇宙空間へ到達する弾道飛行宇宙葬となるでしょう。このタイプの飛行では、飛行後の海上回収を目指す・回収せず海洋散骨とする・上空散骨・宇宙散骨を行うといったバリエーションが考えられます。
・移送の手段
現在の宇宙葬で採られている移送手段は、風船、サブオービタルロケット、オービタルロケットです。今後宇宙葬の概念が広がれば、葬儀の演出としての宇宙葬や、祀りの場としての宇宙葬など、移送に拘らない形も生まれると考えられます。
サブオービタル宇宙旅行は今後価格低下と高頻度化が起こるでしょうから、宇宙葬との組み合わせも執り行われるでしょう。
・遺骨しか搭載してはならない?
ロケットに搭載して衛星軌道へ投入する宇宙葬の場合、搭載物が熱や宇宙線の影響で変質し、衛星の運用に悪影響を与える可能性を排除する為、載せてよいものは化学的に安定な遺骨のみに制限されます。
旅客宇宙船に搭載する場合には厳しい制限が加えられると考えられます。
無人サブオービタルであればこの制限は緩くなり、状況が許せば遺品や花などを搭載する事も許容されうるでしょう。
風船への搭載物は粉末化した遺骨に限られています。近年注目されている海洋生物に対する悪影響を避けるため、風船には生分解できる材質の物のみを使うといった努力が行われています。
・打ち上げ場所は選べない?
風船は航空法第209条の3にある括弧書き「玩具用のもの及びこれに類する構造のものを除く。」とされる大きさ(直径1m少々)であれば法的な縛りがありませんので、打上げ場所の自由度が高く、故人ゆかりの地などでも執り行える点が長所です(電線付近を避けるなどの配慮は必要です)。
超小型ロケットであれば小規模な施設で打上げ可能ですが、宇宙空間へ到達するロケットの打上げは実質的に宇宙港(スペースポート)に限られます。これまでは海外のスペースポートしか選択できませんでしたが、国内サービスが行われるようになれば、より身近になるでしょう。
・軌道のいろいろ
風船の到達高度は20kmから30kmです。特殊な観測用気球でも50km程度が限界となります。
MOMO型は高度100km超に到達後、数分で地球へ落下する弾道飛行しか行えません。
より高性能なロケットを使った「宇宙葬」では、人工衛星として地球低軌道を周回するプラン、更に加速して月近傍を飛行するプランなどが実現されてきました。
・目的地のいろいろ
風船やサブオービタルロケットの飛行を行う場合、パラシュート等を用いた地上・海上での回収、上空での散骨、海洋への散骨等の選択を採りえます。オービタル向けとしては大気に再突入させることで流れ星として見られるようにする、再突入カプセルを用いた回収、月面散骨、恒星間飛行も考えられます。ただし未探査の惑星や衛星での散骨は、星の生態系保持の巻観点から望ましくありません。
・その他関連サービス
打上げセレモニー、メッセージや供え物等の同梱飛行、機体ペイント、遠隔打ち上げ地への遺骨遺品移送、参列者の移動手段や宿泊地の手配なども関連したサービスとして考えられ、様々な広がりな生まれると思われます。
通夜や告別式またはセレモニーに呼応して人工流れ星を降らせる、人工衛星等の見た目上の位置を表示できるアプリに宇宙葬衛星を表示するといった、他サービスとの連携も考えられます。
・別の概念との融合
宇宙葬は歴史の浅い概念ために慣習や通念に由来する制約が少なく、ペット葬や、自然葬の一形態としての宇宙葬、生前葬といった、別の新しい概念との整合性を取りやすい性質があります。
・宇宙葬の法的位置付け
昭和二十三年厚生省令第二十四号 墓地、埋葬等に関する法律施行規則には宇宙葬に関する言及は全く行われていません。
焼骨(火葬を行った遺骨)や焼骨の分骨を埋蔵する場合は、火葬許可証を市町村長へ提出する必要があります。2019年春現在日本国内で行われている風船による「宇宙葬」は、風船が適切に設計管理できていれば上空で破裂し、焼骨の埋蔵を伴いませんので、火葬許可証の提出は不要となります。
堀江貴文さんの発言による「宇宙葬」は、焼骨の分骨をロケットにより高度100km超へ運んだ後、海上へ落下させるものと思われますので、埋葬にあたらず、火葬許可証の提出は不要と考えられます。上空または宇宙空間での散骨を行うに際しても法的手続きは不要です。
・業界への期待
宇宙葬は徐々に受け入れられつつあるものの、いまだ広く知られている概念とは言えません。また新しい概念であり、一般常識としての文脈が無いために、文字面から受ける印象により誤解をしている人は少なくなく、今後も誤解をする人が常にあらわれる事が予想されます。「宇宙=告別式参列者も宇宙へ行かねばならない」「スペースデブリを増やす事になる」「葬=葬儀全般を規定するものであり既存宗教とは対立する」など、一見荒唐無稽に思えるかもしれませんが、既にweb上に挙がっている発言を基に挙げた例です。今後も様々な誤解が生まれるでしょう。
誤解に基づくサービスの選択は互いの不幸を生み、ひいては宇宙葬という概念そのものを毀損しかねません。宇宙葬をストーリーとして語るだけではなく、サービス内容の物理的性質、既存文化・宗教との関係性、法との関係性に関しても十分理解したうえで説明することで、誤解のないサービス利用体験を提供して頂きたいです。