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グーグルマップで東京カフェ散歩 蔦珈琲店と謎の草

【登場人物】
わたし カフェと儲け話が好きな24歳。
スー またの名をヤン。遼寧省出身。わたしのパートナー

日曜日の昼下り。スーが御茶ノ水に用事があるというので、珍しく自分よりも早く家を出た。

久しぶりに家で一人になる時間となる。ふたりで暮らし始めて1ヶ月をすぎると、寂しさも感じつつ、開放感を覚え始める。

梅雨の合間、空は晴れやかだ。テレビをつければ九州で雨が降り、何人が死んだなどと騒いでいる。自分の目に映る空とは思えないし、日頃の行いという言葉だけでは片付かないような地域の運命の格差にやるせなさを覚える。

空をぼうっと眺める時間が続いたが、スーから思いの外に早いタイミングで連絡が入った。用事が済んだから表参道に行くという。前々から行きたかったカフェに行こう。そんな誘いが飛び込んできた。

大慌てで身支度をして副都心線に飛び込む。スーがいないときは自分のペースで歩けるのが快適だが、何故かスーと歩く日よりも駅が遠い気がする。

副都心で渋谷に出て、半蔵門線に乗り換える。原宿から千代田線に乗り換えるのが定石だが、Googleがこっちの方が速いというのだ。だから仕方ない。

暑いせいで無性に喉が乾く。滅多に使わない自動販売機でドリンクを買ってから半蔵門線の紫色の電車に乗り、すぐに着く表参道で降りて、B3の出口から外へ出ると、外は蒸しっと暑い空気が漂っていた。梅雨の合間の晴れの日というのはありがたくもあるが、不快指数もまた高い。

駅を出てすぐの「ザラホーム」でスーがアロマフレグランスを品定めしていた。麻のようなベージュのワンピースをひらひらさせて。

スーと合流して裏路地をあるいていく。雑貨屋通りを抜けて、いくつかの店に寄り道をしながら、前々から行こうと言っていた蔦珈琲店へ歩みを進める。

着いた、、、!
と、グーグルマップは主張していた。
目の前には廃墟一歩前の、昭和の香りを消し切れない、寂れた邸宅が鎮座していた。


入り口にはツタが生えまくり、良くも悪くも「ふらり」と訪れたい気分になる店ではない。
マップの投稿機能で店内の写真が投稿されているから足を運んだが、そうでもなければ本当に初見お断りのカフェだとか会員制のカフェと言われても信じてしまうだろう。

店内に入ると、白髪のマスターと、若いアルバイトらしき2、3人がエプロンをしてカウンターに立っていた。お好きな席へどうぞ、というので、遠慮なく窓際の2人がけ席に、私とスーとで腰を下ろす。

席のすぐ隣は和風の庭園。天井から床まである、磨き抜かれたガラス窓から小さな庭をめいっぱい楽しめるようになっている。松の木、桜の木、もみじの木が空を覆い、そよそよ風に吹かれている。東京のど真ん中だという意識を完全に消している。庭には苔や芝生が生え、石畳をよちよち、スズメが地面をつつきながら動き回る。秋の紅葉もきっと綺麗だ。

ランチのつもりで来たこともあり、わき目もふらずフードのレシピに目をやった。チーズトーストと、クロックムッシュと、カレー。シンプルに3種類だが、それだけあれば十分だ。

私は1200円のチーズトーストセット、スーは1300円のクロックムッシュセットを頼んだ。セットドリンクは2人ともアイスコーヒーだ。


プレートにはこんもりとサラダとオレンジが盛られ、メインのチーズトーストを隠している。ヤクルトが皿の中心に置かれているのは店主の粋な気遣いに思える。

アイスコーヒーは日本の珈琲店によくある深煎りの苦味が強い味わいだ。スタバやドトールに慣れていると、このいかにも喫茶店の味のアイスコーヒーはどこか懐かしい。冷コーと呼ぶべきほっとする味わいだ。苦味が苦手でも、アルバイトさんがミルクとハチミツをたっぷり持ってきてくれる。それをぶち込めば誰もが飲みやすいコーヒー飲料の出来上がりだ。これを暑い日に喉を鳴らして飲むのも、また良い。

トーストにも手を伸ばす。上には程よいこんがり具合のチーズ。そして側面をよく見ると二段重ねになっていて、二段目にもチーズ、そして黒胡椒が散らばっている。この胡椒のピリリ感も食欲をそそる。

口に運んで、サクッという音と一緒に噛み締める。上品な味わいだ。パンとチーズと胡椒だけでこの味が出せるというのか、普段私が食べている「朝の笑顔」88円ではありえないふくよかな味わいが口中に広がり、ほんのり甘味を感じたら、そこにチーズの酸味と胡椒の辛味がやってきて、早く二口目をよこせと言ってくる。パンには大満足だ。

しかしこの野菜はなんだろう。サラダ菜の上に、ひょろりと茎の伸びた草が生している。謎の草だ。育ちかけのアスパラなのか、育った三つ葉なのか見当もつかないが、ほどよく塩が振ってあるのだけは認められた。

フォークでおそるおそる謎の草を突き刺してみる。案外素直に引っかかってくれた。葉っぱが重みで下に下がり、茎の末端の方から自然に口に入ってくる。

むしゃり。

うーん!

苦い!辛い!渋い!

あまり嬉しくない味覚が口中を駆け抜ける。
野菜というよりワサビをかじったような。
これを人はエグミというのだ。

そして、振られている塩のぴりりとした辛さがシンガリをつとめて、微妙な後味を残していく。

なんなんだ、この謎の草は?

さすがに港区南青山の静かな裏路地、そして白髪のマスターからは物静かな雰囲気の中に厳しさが垣間見える。エグミがあってマズイなど言うわけにいかない。これは「大人のアジ」なのだと、黙って自分に言い聞かせ、モクモク食べる。えづくわけにはいかない。ここはあくまで上品な空間。港区。南青山。そんな言葉が脳内で反響する。

もしかしたらガラス越しに見える庭園で生えていた、朝どれの雑草かもしれない。いっそそのほうが、この味に言い訳ができてよい。


苦味に顔が歪むが、マスターにこれがバレれば、港区を出禁にされるかもしれない。世帯平均年収がゆうに一千万円を超える地域である。やってやれないことはないだろう。

もし出禁にされれば大いに仕事にも悪影響が出るので庭の方を向いて、野菜の苦味と向き合いながら草を食んだ。

スーが「トーストと一緒に食べるとおいしい」と助太刀をしてくれた。たしかに口にパンをつめこんで、じんわり甘いトーストが舌の上に乗っかっている間にこの謎の草が口を通過してしまえば良い。

こんもり盛られた謎の草を、トースト片手に貪り食う。ふと自分が普段しているように、新橋の安いチェーン蕎麦屋で犬のように飯を食うサラリーマン風情のような姿になってるのに気づく。これまた港区を出禁にされる恐れのある行為だ。一呼吸おいて、あくまで大人のアジである謎の草を、一本一本胃袋に落としていく。店内にはお客の雑談と、BGMのジャズミュージックが共鳴していた。

ジリリと郷愁を誘う電話のベルが鳴った。現役なのは珍しい、ピンクの公衆電話だ。しかもダイヤルではなくプッシュ式。元からあったのか、雰囲気作りに仕入れたのかはわからないが、この店にはジリリと鳴るピンクの電話はよく似合う。古めかしい10円、100円のフォント。お二人ですか、今ならお席が空いております。初老のマスターが丁寧に電話に答えている。私はマスターの声にすっかり安心して、苦い草を平らげた。

サラダ抜きで1000円のメニューができたらランチで再訪するのもいいかもしれない。
あるいは、ケーキか、カレーを食べに行こうか。

蔦珈琲店
〒107-0062 東京都港区南青山5丁目11−20
03-3498-6888
https://goo.gl/maps/jMkt4YekQ9YTUue48

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