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ゴッホのように鮮やかに・・・

「誰でもわくわくするようなおしゃべり、僕にもできたらなぁ」。

時々そんな衝動に襲われるのだけど(笑

それはさておいて・・・

僕は昔から口下手で

人の何倍も不器用(笑、百倍くらい不器用だと思ったりすることもある

でも幼いころ、美術だけは褒めてもらえるものがあった

あと、国語、作文かな??

だからそんな自分が嫌いにはなり切れず・・・

またどちらかと言えば好きだった気がする

またいつぞや、デザイナーの幼馴染から、

「芸術家っていうのは、ハイコンセプトをプレゼンできる能力が大事だと思っていたら、
俺、ある人から「~~くん、それは違うね!何かにおいて恐ろしく欠けている奴が芸術家というんだよ」、
って言われたんよ」、

と教えてもらった。

その話を聴いてぐっと楽になったを覚えている。

なぜならまるで不器用な僕のためにあるような言葉に思えて。

また僕はゴッホが好きだからだ。

ゴッホは、ろうそくの炎の中に手を入れようとしたり、
職があったりなかったりの労働者の方たちだったかな、
そういった方たちのために、
自分の所属している会社の資材を勝手に無償で分け与えてしまったっていう話があったっけな?

その不器用さが好きだったからだ。

もしかして後世、ゴッホに光を当てた人たちは、
そんなゴッホの文脈が、不器用だったり、弱者だったりの人たちの救いになるだろうと、
ゴッホを偉大な画家として持ち上げたのかな?買ったのかな?
と仮説を立ててしまったりする。

村上隆氏(日本画絵師)も、古来から芸術はその歴史的文脈において値をつけられてきたと、「芸術起業論」で言っていたっけ。

真(「しん」というと、プライドが高すぎる(笑。「まこと」くらいがいいのかなぁ)の芸術家になりたい・・・、まったくゴッホと同じようなことができるわけではないけど、僕は僕で鮮やかにこの一時代を、人生を駆け抜けたい!

署名


Rose Garnet

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