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ギブアンドテイク〜夫婦のあり方〜
冷蔵庫を開けると、茶色い液体が数滴落ちています。
すぐに拭きますか?拭きませんか?物によりますか?場所によりますか?頻度によりますか?誰かによりますか?
この話は冷たい麦茶が飲みたくなるだけの話かもしれません。
止められない茶色い雫
作った麦茶を冷やすため冷蔵庫にしまうときに、必ず麦茶の雫が垂れる。
原因は判っている。ヤカンで沸かした麦茶を冷蔵庫で冷やす専用の容器に移し替える際、容器の縁に麦茶がわずかに付いてしまう。横倒しにしても漏れないという安心が取り柄のその容器を冷蔵庫に寝かせると、漏れはしないが縁に付いていたわずかな麦茶の雫が、ポトリと垂れるのである。
これについて、私は全く気にならない人間である。
麦茶の雫のデッドライン
運動会の練習が続くこのごろ、我が家の麦茶の消費量は今年度最高値に達しており、毎日ヤカン→容器→冷蔵庫の作業が繰り返されている。ときには生産が消費に追いつかずまだ温かい麦茶に氷をガラガラと入れ学校に持たせることもある。冷たい麦茶を出来るだけ絶やさないよう日々それを作っては冷やす私のルーチン作業だ。
1日に2滴の雫が冷蔵庫にポトリと垂れる。
2日で4滴。3日で6滴。
ここが私のデッドラインである。
これまで全く気にならなかった私だが、ここにきて布巾でさっとひと拭き、麦茶の雫跡を一掃する。
きっとこれが食卓なら話は別だ。3日間かけて茶色い雫が机上で乾燥していく様を見てはいられない。ズボラな私もその日のうちに拭き取る。しかしここは冷蔵庫だ。冷蔵庫はそういったことが想定範囲内の家電と私は思っていたのだ。
夫は2滴がデッドラインだった。
一人暮らしなら、あの冷蔵庫が私だけのものなら、3日サイクルで事が運んだのだろう。けれど家族との共同生活ではそうはいかない。
ある時、この茶色い雫が夫の目につくことになる。なにせ雫が無い日は3日に一度しかない。
「なんか茶色いの落ちてるやん。」
「あ、麦茶やと思う。」
「なんで拭かへんの?」
「あ、うん、拭くけど。」
この会話はこの数日後、もう一度行われ、その時には「なんで拭かへんの?」の言葉とともに、キッチンペーパーで夫が雫を拭いていた。その後ろ姿に向かって「こぼさないように気をつけるね。」と私は言った。
「ごめん」は言わなかった。
私は3日で1ターンの人間だからだ。
「こぼさないように気をつけるね。」は初めから「こぼすなよ。」と言わなかった夫へ感謝の意を込めた私の言葉だった。
理解できない、けど「わかる」
3日で1ターンサイクルで暮らす私と、1日で1ターンサイクルの夫。1日で先に気になられたんじゃ3日後に麦茶の雫を拭く私は永遠にやってこない。つまり私は雫を拭かない人間になる。
違うんだよ、拭くけど今じゃないんだよ。
そんな私の無言の意思表明に夫は気づいたんだと思う。
一緒に暮らしていると、相手のことが大体わかる。
私はあなたと違って、俺はお前と違って。
だから理解はできない。
けれど、「わかる」。
誰かと長く一緒に暮らすということは、足並みを揃えることではなく、相手の歩幅に気づけることが大事だとつくづく思う。
ギブアンドテイク
運動会が終わり麦茶の生産量は落ち着き始めている。秋の入り口に来たものの、台風の影響か日中は夏のように暑く、冷たい麦茶が美味しい。
テーブルの上に麦茶のグラス。
なんにでも氷をグラスのギリギリまで入れるのは夫のこだわりだ。8割がた水となった薄い麦茶の中で大量の氷がグラスをキンキンに冷やし続け、結露がテーブルにシミを作り始めている。
なんでこんな氷いるかね。
そう思いながら、テーブルを拭いた私はグラスをコースターに乗せるのだった。