何が正解だったのか、未だに考えてしまうこと。
父は母のことがすごく好きだったのだと思う。
でも、母は結婚して父のもとへ嫁ぎ、父の相手をする余裕なんてこれっぽちもなかったんじゃないか?
そしてそれが、両親の仲を拗らせた原因なんじゃないかと思っている。
母は父の実家に嫁ぎ、父は家業を継ぎ、母は姑が家でやっていたお店を手伝いながら、子どもを3人育てていた。
周りは、父・祖母(姑)の顔見知りばかりの田舎。
当時、電車は1時間に2本。
スーパーで何を買っていたかさえ、周りのチェックが入るような環境。
お店と家は繋がっているから、閉店後も近所の人に求められれば対応を余儀なくされるような状態。
そんな四六時中オンでいないといけない場所で、姑と同居し、父の家業の妨げにならないよう品行方正(?)にしつつ、子ども3人育て、家事をし…っていつ休める!?
その上、父から「俺のことかまって。」「俺のことわかって。」「俺のこと誉めて。」と言わんばかりに関わってこられたら…地獄だ。。
しかも、父は自分がかまってもらえなければ、拗ねる・八つ当たりする・無視するといった抗議行動に出、それでもダメなら、母を監視してのダメ出しや、母の要求に応えない(お金を渡さないとか。)、周りの人間(親戚や近所の人、私に対しても)に母の悪口を言って立場を悪くさせるといった行動を重ねていた。
…子どもか!
当時は、何でそんなことをするのか理由がわからず、父や祖母の話だけからの推測により、てっきり母が悪いのだと思っていたけれど、今考えるとものすごく微妙。
やはり、父の行動の原因を思い返すと「ただ母にかまって欲しかった。」だけ?
いやいやいやいやいや。
あなたは自分の育った家で、周りは知っている人ばかり、家業もずっと見てきたことだろうし、自分の母親(姑)とも離れず、母(嫁)に姑と仲良くお店を営むよう願っただけで、全然母の状況を考えてあげていないじゃないか!!
しかも、子育て、一切やらなかったし。
子どもともまったく向き合ってこなかった。
何かもう、父が子ども過ぎて。
今思うと、母はずーーっと一人だったからね!
家族の中でも、地域の中でもずーーっと孤独。
さらに、守って欲しかったであろう父から守ってもらえるどころか、ひたすらひたすらの「かまってくれ。」攻撃を受けていたのだろう(たぶん)から。そりゃあもう。
だから今、当時のことを思い返すとき、一体、私の両親はどうすればうまくいったのだろうか?と頭を抱えてしまう。
まずは、母が父に自分の状況を説明するところからだろうとは思うのだけれど、そもそも二人がそんなことができるほどの関係性を築けていたのかが怪しい。
きちんと話し合いができる二人であったか?
父は子どもに対してすら、まったく向き合うことをしなかったのを考えると、母に対しても自分から寄り添おうとしてきたとは到底思えない。
それに、母は、そんな環境で父に助けを求めることなんて、頭に浮かべる余裕さえなかったのではないか?何かあったら、ダメ出ししたりする相手に、自分から気持ちを打ち明けよう、助けを求めようと思えるか?(私だったらNoだわ。)
そもそもこの二人、なぜ結婚したのだ?
そもそもこの二人がうまく(?)夫婦となり、家族になっていくことは可能だったのだろうか?
何度考えても、私には未だに、何が正解だったのかわからない。
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