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免疫不全の患者が高度に変異したSARS-CoV-2変異株の温床となる可能性はない。
Dr. Geert Vanden Bossche 2024年1月17日投稿
Immunocompromised patients are not a potential breeding ground for highly mutated SARS-CoV-2 variants (VOICES FOR SCIENCE AND SOLIDARITY)
の翻訳です。
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原文を参照の上ご利用ください。
科学者達は、COVID-19ワクチン接種に引き続く獲得免疫のダイナミクスを明らかにできなかったため、免疫抑制患者が、COVID-19パンデミックの予期せぬ展開をきたしうる高度に変異したSARS-CoV-2変異株の温床になりうると指摘している。
SALONの最近の記事は、最近出現して主流となりつつある変異株は、肺細胞により効果的に感染できるという2編の論文を引用している(https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/38194966/; https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/37745517/ [現在査読され右記 https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/38194968/ ])
SARS-CoV-2の肺指向性変異株への進化が、高度にCOVID-19ワクチンを接種された集団にもたらしうる危険性について、科学界が一般大衆を欺き続けていることに、私は愕然としている。
第一に、著者らの評価は、シュードウイルス粒子が示す生物学的形質の変化のin vitro解析、または、TMPRSS2(transmembrane protease serine 2:膜貫通プロテアーゼ・セリン2)陰性のVero細胞(TMPRSS2陽性の肺細胞ではなく)上のプラーク形成単位で測定した増殖性ウイルス感染力のin vitro解析に基づいている。BA.2.86/JN.1変異株の増殖感染性を高める上で、スパイクタンパク質以外のウイルスタンパク質が極めて重要な役割を果たしていることを考慮すると、シュードウイルス粒子による細胞侵入の分析に基づくウイルス感染性のin vitro評価は、in vivoでのウイルス感染伝播性とは関連がない可能性がある。さらに、BA2.86はTMPRSS2依存性の細胞膜融合によってウイルス侵入を行うため、TMPRSS2陰性のVero細胞への子孫ウイルスの接種によるウイルス感染性の評価は、in vivoの状況を再現できない可能性がある。さらに、オミクロン子孫株のトランス感染性およびトランス融合活性の減弱には多価非中和抗体の機能が重要であることを考えれば、(細胞間融合活性の解析による)ウイルスの病原性のin vitro評価は、解析した変異株の病原性を過大評価する可能性がある。
多くの科学者は、次々に出現する変異株にしばしば見られる顕著な数の変異の原因や、生物学的機能の重要な変化に困惑し、BA2.86が、これまでのほとんどのオミクロン変異株で観察された弱毒性の特徴(肺細胞への感染効率がよくないなど)を失っている理由を説明できないことを認める一方で、この新たな変異株の出現の連続に終わりが見えない理由について、科学的に根拠のない結論を下している。高度にCOVID-19ワクチンを接種された集団において、これらの変異を引き起こす適応免疫のメカニズムに対する彼らの無知と、免疫抑制患者で他のオミクロン亜系統が長期間増殖した後に、類似の変異が認められたこととが相まって、彼らは免疫機能が低下した個体が、オミクロンBA.1やBA.2.86のような高度に変異したSARS-COV-2変異株の温床となりうると考えるに至った。
しかし、非常に感染性の高いオミクロン子孫株によるワクチン・ブレークスルー感染後の不十分な細胞傷害性T細胞活性が、ウイルス感染性に対する集団レベルの不十分な免疫圧力の原因である(参照、その和訳)ことを考慮すると、BA.2.86/JN.1にはスパイクタンパク質以外のウイルスタンパク質に増殖感染増強変異が存在することは驚くべきことではない(参照)。これらの変異が選択された背景には、ウイルス感染性に対する細胞傷害性T細胞による集団的な免疫圧力に対するウイルスの生体内での適応があり、その結果、ウイルスの感染伝播性が高まり、新たに出現した変異株の大幅な流行拡大を可能にしたと解釈できる。さらに、非常に感染性の高いオミクロン子孫株へのワクチン・ブレークスルー感染は、病原性を阻害する多価非中和抗体の産生減少や消費の増加をもたらす(参照、その和訳)。その結果、ウイルスの病原性に対する集団レベルの免疫圧力が不十分となるため、BA.2.86/JN.1が以前のオミクロン子孫株と比較して、肺細胞に高い効率で感染し、高い細胞間融合能を示すことは驚くべきことではない。
このような生物学的特性の変化と、その背景にある変異の選択は、トランス感染とトランス融合(感染細胞と非感染細胞の融合)活性の増強とまったく矛盾しない。これらのことは、高度にCOVID-19ワクチンを接種された集団において、多価非中和抗体によってウイルスの病原性に対して集団的におよぼされている不十分な免疫圧力の増大に対し、ウイルスがin vivoで適応し、追加の変異が自然選択されたことを反映していると解釈できる。BA 2.86/JN.1は肺細胞に感染する能力を増しているため、多価非中和抗体がウイルスの病原性を十分に緩和できないレベルとなった個体は重症化する可能性が高い。このことが、現在報告されている重篤なCOVID-19疾患による入院率や死亡率の増加につながっている可能性が高い。
しかし、COVID-19ワクチン接種者では抗原提示細胞によるウイルスの取り込みが亢進しているため、多価非中和抗体の減少スピードは、多価非中和抗体によるウイルスのトランス感染に対するブレーキが集団の大部分で一斉に解除されるほどには速くないだろう。そのため、多くのCOVID-19ワクチン接種者では、移動性樹状細胞に吸着した子孫ビリオンの肺細胞へのトランス感染は依然として阻止されている(下図参照)。このハードルを克服するために、ウイルスは多価非中和抗体によるトランス感染阻害を一挙に無効化できるような劇的な変異を起こす可能性が高い。おそらくそれは、スパイクタンパク質の糖鎖プロファイルの大きな変化という形をとるだろう(参照の和訳)。
結論として、オミクロンBA.2.86の生物学的形質のin vitroでの評価は、下気道で感染伝播して疾患を引き起こす能力が増大している可能性を示唆しているが、現在のところ、高度にCOVID-19ワクチンを接種された集団では、多価非中和抗体の病原性緩和効果によって、ウイルス病原性の全面的な増大は引き続き阻止されていると考えるのが妥当であろう。ウイルスの病原性に対する集団レベルの免疫選択圧力が、病原性を増強させる壮大な変化(樹状細胞に繋留されたウィルス粒子のスパイクタンパク質のN末端ドメインに多価非中和抗体が結合することを妨げるような変化)を引き起こすほどに高まらない限り、これが当てはまるであろう。
まとめると、BA2.86/JN.1が、in vitroにおいて、TMPRSS2依存性細胞膜融合を介して、より効率良く肺細胞に侵入できるようになったことは、スパイクタンパク質が.さらに別の重要な変化を遂げる前兆であると考えるべきである。しかし、科学界はそのことを理解していないようだ。この変化は、高度にCOVID-19ワクチンを接種された集団に重度のCOVID-19疾患を集団的に引き起こす可能性がある。私が予測するようなスパイクタンパク質の劇的な変化が、ウイルスの(トランス)感染性に対する集団的な免疫選択圧力からではなく、たった1人の免疫不全者の中の免疫圧力から、どのように、そしてなぜ起こるのかを想像するのは困難である。一人の免疫不全者の中で生まれた新しい変異株が、ウイルスの感染伝播性を標的にした免疫圧力に対抗して進化したと考える理由はない。免疫不全者がウイルスに及ぼす免疫圧力は、遊離循環ウイルスに対する不十分な抗体反応から、というよりも、ウイルス感染細胞を標的とする不十分な細胞性免疫応答から生じる可能性が高い。これは、増殖性ウイルス感染の阻止を目的とする細胞性免疫応答の活性化が、ウイルス侵入を阻止することを目的とするスパイク特異抗体のプライミングに先行するからである。中和抗体や、ウイルス感染性、またはトランス感染性を促進する他の変異に対する免疫逃避のレベルが高いことを考えると、オミクロンBA.1やオミクロンBA2.86のような壮大な変異株が、1人や2人の免疫不全者でウイルス排出が遅れて感染が長期化したことによって免疫圧力が生じた結果、出現し、拡大したと考えることは無理というものだ。
それに対して、ウイルス伝播に関連する生物学的特性の変化をもたらす変異は、オミクロンBA.1以前の時代にも、オミクロンBA.1後-オミクロンBA.2.86以前の時代にも、高度にCOVID-19ワクチンを接種された集団で世界的に広がる複数の系統にわたって、収斂進化[脚注1]から生じていることが示されている(https://www.nature.com/articles/s41586-022-05644-7; https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/37169744/)。 最初の論文の著者も、世界的なパンデミックによって、ウイルスが免疫逃避変異を進化させる効率が非常に高まったと結論づけている。パンデミックの間に大規模なワクチン接種を行っても、パンデミックを制御できるはずもないが、異なる系統が進化して同じホットスポットに変異を収束させる理由として最も可能性が高いのは、集団ワクチン接種がもたらした集団免疫圧力である!オミクロンBA.1とオミクロンBA.2.86がこの法則の例外である理由はない。
したがって、私は以下のように結論するより他にない。
今回のパンデミックにおいて、新たに出現した変異株がかつてないほど流行したのは、感染が長期化した個体内で生じた免疫選択と組換えが原因であるとする科学的根拠はない。
このパンデミックの間に集団全体に対してワクチン接種が行われたことで、これらの集団がウイルスの感染性に対して集団的に免疫圧力をかけるようになったこと、そして、立体的免疫再集中を可能にするワクチン・ブレークスルー感染によって、この免疫圧力が永続化するようになったことは疑う余地がない。このような進化は、最終的にはウイルスのトランス感染性に対する集団レベルの免疫圧力を生み出し、悲惨な結果を招く可能性がある。従って、JN.1一族の出現と高い感染性は、ウイルスが非常に憂慮すべき進化をしていることを意味している。
免疫不全の人々が、パンデミックの進行を「予期せぬ」方向に導く、高度に変異したウイルスの源泉であると主張することは、非科学的であるだけでない。この集団ワクチン接種の利害関係者に、このパンデミックが望ましくない展開をした責任を、社会的に最も弱い人々の肩に押し付けるという安易な逃げ道を提供することになるという点で、無責任である。
上述したように、TMPRSS2依存性経路で標的細胞に入ることができる新しい変異型の産生が、ウイルスの伝播を減少させるかもしれないという著者らの仮説は、有効な実験的証拠によって裏付けられていない。In vitroで測定されたウイルス感染性の低下が、本当にin vivoでのBA.2.86感染性を反映しているかどうかにかかわらず、BA.2.86がウイルス感染を減少させるかもしれないという仮説は無意味である。なせなら、BA.2.86の最も近い子孫であるJN.1自身とその子孫ウイルスを含むJN.1一族を代表するすべてのウイルス変異株が、BA.2.86と同じ肺感染能力とスパイクタンパク質以外のウイルスタンパク質内の複数の感染増強変異を共有したまま、BA.2.86に比べて新しい宿主に感染する能力を著しく高めていることが明らかになったからである。L455S FLip変異[脚注2]が加わっただけで、JN.1は、BA.2.86や他の同時流行の変異株を凌駕し、下水中のウイルス濃度が最高値を更新し、急速に複数の異なる国で主流となるに十分な高い伝播力を得た。
したがって、「どんなに病原性が高い変異株であっても、新たな宿主に上手く感染できないのであれば、全体として大きな被害をもたらすことはない」と断言するのは、現実社会、特に、高度にCOVID-19ワクチンを接種された集団でウイルスがどのように振る舞うかについての根拠を欠いた空虚な発言である。以前にも説明したように、この集団では、(多価非中和抗体による)その免疫防御の最後の砦が弱まりつつあり、その結果、一連の劇的な変異の温床となっているのだ。その変異によってウイルスは多価非中和抗体による病原性抑制を集団的に克服することができる。SARS-COV-2の現在の進化に関する科学的根拠に基づいた予測という点では、上記の声明は「どんなに感染性が高い新規変異株であっても、防御的な免疫反応がもはや起こらなくなれば、全体として重大な被害をもたらすだろう。」と置き換えるべきである{脚注3]。
図
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新たに出現した、非常に感染性の高いオミクロン子孫株は、標的宿主細胞に感染するのに、多価非中和抗体を必要としない(❶)。非常に感染性の高いオミクロン子孫株は複製(増殖)して、組織常在樹状細胞への吸着が促進されるような免疫環境を作り出す。吸着した子孫ウイルスに多価非中和抗体が大量に結合した状態で、樹状細胞は肺や他の遠隔臓器に移動する(❷)。この、樹状細胞に吸着したウイルスと、病原性抑制性の多価非中和抗体との結合の促進と、抗体産生の減少が相まって、高度にCOVID-19ワクチンを接種された集団では、ウイルス病原性に対する免疫選択圧力が上昇していく。それまでの立体的免疫再集中でプライミングされた抗体は、非常に感染性の高い、抗原的に遠い変異株に対して低親和性のため、大きな抗体-ウイルス複合体が形成され、巡回する抗原提示細胞に取込まれる(❸)。抗原提示細胞による大きな抗体-ウイルス複合体の取込みが亢進すると、細胞傷害性T細胞の強力な活性化が起こる。それによって、ウイルスに感染した宿主細胞が排除されるが、ヘルパーT細胞の働きが妨げられ、それまでの立体的免疫再集中でプライミングされた抗体のブーストが弱まる。以前にプライミングされた抗スパイク抗体のブーストが弱まると、多価非中和抗体の産生が減少する。本文で説明したように、抗原提示細胞によるウイルスの取り込みが促進されると、高感染性子孫ウイルスの樹状細胞への吸着が遅くなり、それによって多価非中和抗体産生の減少による多価非中和抗体濃度の低下が緩和される。従って、集団における多価非中和抗体濃度の減少は、多価非中和抗体によるウイルスのトランス感染抑制というブレーキを広く解除するほど、急速には進まない可能性がある。しかし、より感染性の強いBA.2.86の子孫(すなわちJN.1一族)が出現し、急速に流行が拡大しているため、高度にCOVID-19ワクチンを接種された集団は、ウイルスの病原性に対する免疫選択圧力を着実に高めている。 このため、高度にCOVID-19ワクチンを接種された集団では、多価非中和抗体依存性の重度のCOVID-19疾患増強による高病原性ワクチン・ブレークスルー感染を引き起こす能力を持つ新たな変異株が選択されると考えられる。
脚注
収斂進化とは、別々のウイルス亜系統が類似または同一の変異を獲得することを意味し、流行しているSARS-CoV-2系統の進化領域が限られていることを示唆している。
L455S変異にはFlip変異という別名がついている。スパイクタンパク質のリジンとセリンが入れ替わっているためである。FLip変異にはACE2とスパイクタンパク質の受容体結合ドメインの親和性を強める性質があるため、JN.1の免疫逃避も強まった。
先に説明したように、自然免疫系が高ウイルス負荷に対処できるように訓練されておらず、特殊部隊である獲得免疫系は——免疫再集中を起こし——機能不全に陥っているため、効果的な免疫応答が起こらないだろう。
訳者による脚注2の補足(2024/1/20)
L455F変異+F456L変異にはFlip変異という別名がついている。スパイクタンパク質のアミノ酸の455番目のL(リジン)と466番目のF(フェニルアラニン)が入れ替わった(flip)ように見えることがその由来である。2023年に入ってFlip変異をもつ変異株が報告されるようになった(XBB.1.5.70、DV.7.1、JD.1、HK.3など)。Flip変異によってスパイクタンパク質のACE2への親和性が向上すると同時に、免疫逃避も強まる。JN.1の前駆株であるBA.2.86はFlip変異を持たないが、JN.1はL455S変異を組込み、さらにF456L変異も組込んだ。この組み合わせをSLip変異と呼ぶこともある。[文献、文献] L455S変異単独ではACE2との親和性はいくぶん低下するとの報告がある[文献、文献]。FLip変異同様、SLip変異もin vitroでACE2との親和性が向上するかはまだ示されていない。
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