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小説 #13

翌日の休憩時間、トイレから帰って席に着くと、上野に声をかけられた。引き出しから教科書を取り出すと、机の上に手が置いてあって、見上げると上野の荒れた肌が浮かんでいた。

「田村はもう決まってるの?現代文得意だから文系でしょ?」上野は伸ばした髪をクリップで留めていた。制汗剤のコクのある匂いが漂ってきた。

「いや、まだ決めてない。」田村はとりあえず答えを保留にする。決めつけるような断定口調に、知らぬうちに抵抗していた。「上野は?」と訊き返す。内面を吐き出したくて話しかけてきたのだろう。

「うーん・・・。でも俺、理系は難しいと思うんだよね。何やってるか全然わかんないし。なんか違うと思うんだよね。」上野は言葉が軽薄で語尾が特徴的だ。運動部のグループが陰で物真似をして嗤うのを見たことがある。

「なんかしっくりこないっていうかさ。問題が出されて、解くための手順を練習して、解けたら丸が貰えて。「だから何?」って思っちゃう。その技術が社会で役に立つとか言われてもね。」
「確かに、こういう理由があるから勉強する必要がありますって教えられても、納得できない感じはする。なんか疑わしいよね」
「だから、文系のほうがラクそうだから文系かな。なんだかんだ俺英語得意だし」どうやら選択が不安で、話すことで自信を持ちたいようだった。迷わせるようなことはしない。

黒板脇のドアがスライドして、教科書を抱えた大人が入ってきた。次の授業は数学だった。

科目ごとに先生の雰囲気が異なるのは何故なのだろう。詳細を伏せられた状態で風貌を見せられても、その教師の科目は簡単に当てられる気がする。
私がもし教職に就くとしたら、何の科目を教えるのだろう。そもそも私が教師だったら陰気で嫌われるような気がする。わざわざ学校に戻ってくる人間なんて、学生生活が楽しかったに違いない。

授業が始まる。自分は文系になるのだろうとなんとなく悟る。それは諦めに近い気持ちだった。

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