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小説 #4

西武新宿駅の裏手にあるその劇場は思っていたよりも清潔感があった。屋外の階段を降りて地下の入口をくぐる。黒い横長の空間に、真っ黒なパイプ椅子が並べられている。前方には黄色がかった長方形のステージが浮かび上がっている。

開場すぐの場内は閑散としていた。私は右端のすぐに帰れる席に座った。新卒ほどの歳の女の子二人組が通路沿いに並んで喋っている。他には長いスカートの眼鏡の女と、喧嘩の弱そうな中年の男性客が数名、みなスマートフォンやプログラムに視線を落としている。

受付で渡されたプログラムには、五〇組ほどの出演者が名を連ねていた。入場料と客数から考えると、出演者から費用を徴収してやっと採算がとれる規模だった。無名の芸人のみで開催されるライブなのだから、それも当然なのだろう。

それでも開演時刻を迎える頃には、全体の三割ほどの席が埋まっていた。出演者の友達だろうか、お笑いとは縁遠そうな利発なグループもいる。

客殿が落とされ、取って付けたような元気なSEが流れてきて、二人組の司会者が舞台袖から出てきた。身体が薄くて頼りない。特徴付けをしたいのか、揃いの黄色いネクタイが奇妙に目立っていた。拍手の練習をする。

大量の出演者のネタが、短い間隔で機械的に捌かれていく。それぞれの芸人に何かしらの印象があって、ときおり本当に笑ったりもするのだが、次の芸人の出番が終わればすっかり忘れていた。

疲労感を感じ始めたあたりで司会者が戻ってきて、二〇組の出番が終わったことを告げた。私は本来の目的を思い出して、ペットボトルのお茶に口をつけた。

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