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習作 #14

無人島に行くために私は死んだ。生きたままで行けば島は無人島ではなくなる。だから私は人間であることを辞めた。もしくは、人間を辞めたから、無人島を目指したのかもしれない。

中途半端な仕事を片付けて、引き継ぎのためメモをPCに保存した。冷蔵庫の食材を食べ切り、定期購読の契約を一覧にまとめた。二軍の服と粗大ゴミを処分し、部屋中をひと通り拭いた。新しい洋服を着て、トラに食べられて死んだ。

葬式は全然人が来なくて恥ずかしかった。母は気を利かせてLINEの履歴に上から連絡をしていってくれたが、駆けつけて来たのは片手ほどだった。恋人は最後まで友達のフリをしていた。兄は泣き崩れていたが、誰の葬儀でと号泣する人だった。

島は港から船で15分ほど離れた位置にあった。かつては砲台が置かれていたそうで、今も桟橋や小屋が残っている。滅多に人間の訪れない場所だったが、誰かが片付けたかのように整然としていた。

恋人は指先の遺骨をこっそりとくすね(家族の許可は取らなかった)、身体と魂は別々に島に着いた。恋人は浜に枝を突き立て、そこで初めて涙を流した。泣いた顔は不細工だった、言われていた通り、砕いておいた骨を桟橋の先から海に撒いて、しばらくして海水で手を洗って帰った。

魂は枝に留まってひと休みして、体力が回復したところで島にひとつしかない山に登った。山頂には30分ほどで到着した。登ってしまえば何もなく、生きていたときであればSNSでも見ていただろうが、ないので風の音を聴いた。海へと吹き下ろす風に乗って、島が見えなくなる辺りまで離れたところで、魂は風に解けて広がった。

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