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習作 #18

「わざわざ死ななくても、無人島なんて自由に行けばいいじゃないか。」彼はそう言って、私の目をまっすぐ見つめた。
「貴方には私の死は止められない。悲しいから死ぬわけではない。」
「無人島に、いったい何があるの?」
「私は、私のいない場所に行きたいの」

葬儀は人が全然来なくて恥ずかしかった。母は気を利かせてLINEの履歴に上から連絡をしていったが、駆けつけてきたのは片手程だった。恋人は最後まで友達のふりをしていた。兄は泣き崩れていたが、誰の冠婚葬祭でも号泣する人だった。逆の立場だったらどうだろうと想像してみるが、そもそも喪服すら持っていなかった。

 自宅に帰る車は、高速の手前でコンビニに寄った。兄がトイレを借りている間、母は冷蔵のスイーツの棚をじっと見つめていた。食欲がある訳ではなかったが、甘い物を眺めていると心が紛れた。母は何も買わず、代わりに兄が紙カップのコーヒーを買った。そのせいで二度もPAに寄ったのを、私は後部座席で黙って見ていた。

 恋人は焼かれた私の小指をこっそりくすね(家族の許可はとらなかった)、上着のポケットに入れて持ち帰った。生前何度も指切りをした小指は、骨になっても少し曲がっていた。翌朝、恋人は人目につかぬように船を漕いで、身体と魂は別々に島に到着した。

 彼は島を反時計回りに歩き、波音の最も澄んだ場所を探した。そして指に白い花を巻き付け、紫色の布にくるんでそっと埋めた。浜に腕ほどの長さの枝を立てて、そこで初めて涙を流した。指は地中で、握りしめるようにそっと閉じた。

 魂は枝に留まってひと休みし、体力が回復したところで、島にひとつしかない山を目指した。山頂には三十分ほどで到着した。登ってしまえば何もなく、生きていればSNSでも見ていただろうが、何もなかったので心臓の音を聴いた。海へと吹き降りる風に乗って、島が見えなくなるあたりまで飛んでいったところで、魂は風にほどけて広がった。


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