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小説 #1

地獄巡りというと、暗い石窟を松明片手に歩いていくようなイメージを思い浮かべるかもしれないが、実際ここは水道橋にある古い雑居ビルの一室で、ちなみに一階には磯丸水産が入っている。両隣にはパチンコ屋とドラッグストアが入っている。


部屋は空室で、床が剥がされて配線が剥き出しになっている。埃の溜まったロッカーが壁沿いにいくつかと、業務用のデスクが放置されている。前の借主が棄てていったのだろうか。奥のガラス窓は通りに面しているものの、部屋全体が仄暗く、夏なのにうっすら寒い。背もたれの小さな椅子に、閻魔が腰掛けている。


閻魔は赤と青の民族衣装のような服を着て、足を組んで背もたれに身体を預けている。髭は蓄えておらず、短い髪をまっすぐ立たせている。暴力的というよりかは、むしろ冷酷な銀行員のような威圧感がある。何をするわけでもなく、厳しい顔をしている。私を待っているようだ。


「一度しか言わないからよく聞けよ。」閻魔は私に視線を向けないまま、鋭く重い声でそう言った。

「いまからこの男に会ってこい。何をしなければならないかは会えばわかる。」

「あの・・・、私は死んだんですか?」死んだにしては身体の部位も揃っていて、声もしっかり発せられた。

「死の詳細はいずれ分かる。けれどひとつ言えることは、お前は死ぬべくして死んだ。報いを受けたともいえる。わかるか?」

「・・・。」

「まあいい。いずれわかる。」


気づくと、私はビルの入り口に降りていた。服装は最期のときと同じで、手に男の顔写真が握られていた。射すような日差しが鋭く、皮膚が痛かった。男には見覚えがあった。

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