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湯けむりのように(エッセイ)

旅行で箱根に来た。彼女と7時に新宿駅の小田急線改札で待ち合わせをして、登山鉄道に乗って大涌谷を巡った。芦ノ湖でフェリーに乗って(「海賊船」と呼ぶのには違和感がある)、湯本に戻って駅前通りを歩いた。

旅館は露天風呂付きの部屋を予約したのだけれど、彼女は別々に入る気でいたらしい。当然混浴するものだと思っていた私は、すごく驚かれた。世の男女はどちらが多数派だったのだろうか。いまは露天に浸かりながら、一人で日記を書いている。

丸一日行動を共にしていると話題も無くなってきて、気づけば将来のことを喋っていた。私たちはこのままでよいのかということだった。彼女は少し考え込んで、私たちは一時の沈黙に包まれた。彼女は何も考えていなかったようにも見えたし、言葉を飲み込んだようにも見えた。将来の不安は、どちらかというと私の自信の欠如が原因なのかもしれない。

身体はすっかりのぼせて、露天の寒さは飛んでいってしまった。浴槽の淵に腰掛けてiPhoneと向き合っている。お湯からは少しだけ硫黄の匂いがする。思いついたはずの考え事は、湯けむりのように消えていった。不安もそうであれば良いのに。

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