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小説 #14

「やらなければならないことというのは、一体何なのでしょうか?」翌朝、田村の自宅に向かう前に、私は事務所に寄った。閻魔は美容室に行ったようで、髪が少し短くなっていた。相変わらず髪が垂直に立っていて、天を突くようだった。

「わからないのか?」
「田村さんは一生懸命やっているように見えましたし、ネタも面白かったので」
「地獄行きだな」
「え!?」それは困る
「お前は何もわかっていない」そう言うと閻魔はみかんを口に詰め込んだ。夏なのにみかん?どこで手に入れたのだろうか。果汁のついた指をティッシュでしつこく拭いた。

「田村は芸人を辞めたがっている」
「どうして?」
「理由はない。でも苦しんでいる」
「でも、本人は自分の意志で続けているじゃないですか」
「田村は芸人を辞めたほうが良い人生を歩む」
「そんなのわからないですよ。」私は知らぬ間に熱くなっていた。「続けてれば売れるかもしれないし。それに、自分が納得できることが大事じゃないですか。」
「このまま続けていれば納得できるのか?」それは未来を見てきたような口調だった。返答に窮する。
「現実の時間は有限で、人間にできることは限られている。燻っている時間はない。お前は、自分の役割を意識しろ」

「そういえば、お前は母親の遺体は見たか?」何かを思い出したように、唐突に母の話題になった。
「見ていないです」
「見たいか?」
「えっ?」想定外の質問に私は困惑した。私は自分の気持ちがまったくわからなかった。

「とにかくお前は、まず田村と話すことだ。それはお前自身の問題とも関わっている。」
以上!と威勢のよい声を発して、閻魔は廊下へと出て行ってしまった。部屋は静かで、私は何かが腑に落ちたような気がした。田村とどう会話してみるか考える。

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