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バンジー(短編)

「バンジーを飛ばなくては」という瞬間がある。それは定期的に、ある強度を備えてやってくる。たとえば、ATMで半年ぶりに記帳したとする。残高には相応の貯金額が書かれており、その数字は、たとえば働き始めた時とは比べものにならないほどの安定と安心をもたらす。私は仕事のお陰で余裕のある精神を搭載している。通帳をリュックに仕舞い、数字の並びを頭で反芻しながら晴れたアスファルトに足裏を着ける。その瞬間にそれは訪れ、私は突如逆転する視界に驚きながら重力を失う。

それは海外旅行に行く決心をするのとも違う。恋とも違う。人生の時間に突然一時停止がやってきて、次の瞬間には背中を吊るされて身体をマヌケに揺らしている。話は変わるようで変わらないが、私はこれまでの人生でバンジーを飛んだことがない。あることといえば海外でパスポートを無くしたことくらいで、いつも誰かが私の人生を掻き回してくれないかと淡く期待している。私は何かから目を逸らしていて、目を逸らしているせいでそれが何かわからないのだ。

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