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小説 #6

私の母は酒で死んだ。ちょうど高校に入学する直前のことだった。

母は優しい人だった。私が物心つく前に父と別れ、それからずっと二人で暮らしていた。私が学校から帰る頃に鏡に向かって化粧をし、毎日遅くに酔って帰ってきた。殴られたことも怒鳴られたこともない。

仕事から帰ると、食卓の定位置に座って、決まって缶ビールを開ける。溜め息をつくわけでもなく、黙々と動作が進行される。呼吸が落ち着いたころに、おもむろに私の名前を呼び、学校での出来事を尋ねる。そんな毎日だった。

母は私に料理を仕込んだ。はじめは目玉焼きにはじまり、包丁の握り方、煮物や揚げ物の方法まで、隠すことなくすべて教えていった。中学に入ると財布を預けられ、料理は私の仕事になった。母が街でお金を獲ってきて、私が食事に変えることで、家が回っていた。幸福な循環だった。

夏の暑い夜、母は仕事帰りにマンションの前で倒れていた。風邪薬とアルコールが組み合わさって、脱水症状を起こしたようだった。通行人が救急車を呼び、病院に運ばれたあたりで息を引き取った。そのとき私は家で、間抜けに魚を焼いていた。

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