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習作 #13

無人島に行くために、男は死んだ。生きたまま行けば、島は無人島ではなくなる。だから男は人間であることを辞めた。あるいは、人間を辞めたから、せっかくなので無人島に行くことにしたのかもしれない。

お葬式は全然人が来なくて恥ずかしかった。母は気を利かせてLINEの履歴に上から連絡していってくれたが、駆けつけてきたのは片手ほどだった。父母は初めて会う息子の友達を前に照れくさそうで、葬儀は呆気なく終わった。恋人は最後まで友達のふりをしていた。兄は泣き崩れていたが、誰の葬式でも号泣する人だった。

恋人が指先の遺骨をこっそりくすね(両親の許可はとらなかった)、身体と魂は別々に無人島に到着した。恋人は砂浜に枝を立てて、そこで初めて涙を溢した。言われていた通りに海に遺骨を撒いて、ひとつまみだけビニールに入れて持ち帰った。

魂は枝でひと休みして、体力が回復したところで島にひとつしかない山に登った。山頂には30分ほどで着いた。登ってしまえば何もなく、生きているときならばSNSなどを見ていただろうが、無いので風の音を聴いた。海へと吹き下りる風に乗り、海岸が遠く見えなくなる辺りまで離れたところで、魂は広がってほどけた。

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